【日本とイスラエル】神殿の照明

ろうそくの火

古代イスラエルと日本に関連する事柄について、アビグドール・シャハン著「古代日本に辿り着いたユダヤ人・失われた十部族の足跡~イスラエルの地から日本まで」からご紹介いたします。

聖書の教え

「純金で燭台を作りなさい。燭台は打ち出し作りとし、台座と支柱、萼と節と花弁は一体でなければならない。六本の支柱が左右に出るように作り、一方に三本、他方に三本付ける」。

燭台(メノラー)

モーセは神殿に設置するためにこの燭台(メノラー)の製作を命じたのであるが、神殿に置かれていた最も重要な、金で作られた三種類の器具 - 七枝の燭台、供えのパンの机、香を焚く祭壇 - のうちの一つが、この燭台であった。

イスラエル民族の象徴

燭台には神殿内を照らすという目的以外に、隠された、より高尚な目的があったと思われる。時代が経つと、この燭台はイスラエル民族とイスラエルの神を結びつける隠れた役割を持つようになる。

神への返礼

ユダヤ神秘主義の思想では、この燭台の光を神の御座がある北の方向に向かって照らすならば、神がイスラエルに与えてくださる恵みと憐みとに対して、神に返礼を与えることになる、とまで言っている。

ソロモン王の十の燭台

エルサレムの神殿が建てられてから、ソロモン王は十の燭台を作って祭壇前に立てたが、その先頭にはモーセが砂漠で作った燭台があった。賢者たちの一部は全ての燭台が二十四時間、一年中灯り続けていたと考えたが、別の賢者たちは、常に灯されていたのはモーセの燭台だけで、あとのメノラーは交替で灯されていた、と考えた。

火を灯す

どちらにせよ、燭台を立て、火を灯すということは、エルサレム神殿の祭儀の大切な一部であった。このような祭儀を日本神道の祭司たちが忘れ去ってしまうということはありえない。古事記を翻訳した学者チェンバレンは、その前書きにおいて、「照明もまた、日本民族の大切な宗教儀式の一つであった」と書いている。(本からの引用は以上です。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。 聖書は日本の歴史のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を開くとき、そこに古くて新しい発見があることでしょう。

新約聖書 ヨハネによる福音書 13章12~20節

こうして彼らの足を洗ってから、上着をつけ、ふたたび席にもどって、彼らに言われた、「わたしがあなたがたにしたことがわかるか。あなたがたはわたしを教師、また主と呼んでいる。そう言うのは正しい。わたしはそのとおりである。しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである。

わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本を示したのだ。よくよくあなたがたに言っておく。僕はその主人にまさるものではなく、つかわされた者はつかわした者にまさるものではない。

もしこれらのことがわかっていて、それを行うなら、あなたがたはさいわいである。あなたがた全部の者について、こう言っているのではない。わたしは自分が選んだ人たちを知っている。しかし、『わたしのパンを食べている者が、わたしにむかってそのかかとをあげた』とある聖書は成就されなければならない。

そのことがまだ起らない今のうちに、あなたがたに言っておく。いよいよ事が起ったとき、わたしがそれであることを、あなたがたが信じるためである。よくよくあなたがたに言っておく。わたしがつかわす者を受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。わたしを受けいれる者は、わたしをつかわされたかたを、受けいれるのである」。

わたしは手本を示した

「互いに足を洗い合う」とは、互いに仕え合うということでしょう。イエス自身が僕のようになって、弟子たちの足を洗い、言葉で教えるだけでなく、実際に行動で示してくれた。してもらった人は、人にもしてあげることができるのではないだろうか。イエスは自分の力を誇示するのではなく、人々に仕えるようにと教え、実際に弟子たちに、こうして仕えた。これこそ神の御心であり、神の喜ばれる生き方であり、神を中心にすることだということでしょう。

わたしにむかってかかとをあげた

イエスは弟子たち全員の足を洗った。イエスを裏切ると知っていながら、ユダの足も洗った。そのように互いに仕え合うようにと教えたが、ユダはそうしないことも知っていた。イエスの教えを受け入れる者は、神をその心のまん中に受け入れる者に他ならない。イエスはそう教えたのではないだろうか。

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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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