【日本とイスラエル】娼婦と芸者

書籍「失われた十部族の足跡」

日本とイスラエルに関連する内容について、アビグドール・シャハン著「古代日本に辿り着いたユダヤ人・失われた十部族の足跡~イスラエルの地から日本まで」からご紹介いたします。

聖書と同様

日本社会においての娼婦や芸者は聖書におけるそれと同様の扱いを受けている。つまり彼女たちを道徳的、社会的に裁くことはなく、ただその存在の事実を述べるのみである。

日本社会の一部

十五、六世紀から今日に至るまで、娼婦や芸者を扱う施設は日本社会の一部となっている。ただ日本社会は、娼婦に対しては軽蔑の眼で見るが、めかけのような存在にもなる芸者は芸術の一つとみなしている。芸者たちは幼い時から厳しい訓練を積んで高い教養を持ち、客との対話技術も身に付けるからであろう。

芸者

芸者は高級な着物を着て、髪もきれいに結い、時には社会の上層階級に入り込むことができた。また高い地位の女性でも、芸者の振る舞いや服装、髪型を真似することがあった。(本からの引用は以上です。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本の文化、伝統、国民性のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を開くとき、そこに古くて新しい発見があることでしょう。

新約聖書 ヨハネによる福音書 19章23~27節

さて、兵卒たちはイエスを十字架につけてから、その上着をとって四つに分け、おのおの、その一つを取った。また下着を手に取ってみたが、それには縫い目がなく、上の方から全部一つに織ったものであった。

そこで彼らは互に言った、「それを裂かないで、だれのものになるか、くじを引こう」。これは、「彼らは互にわたしの上着を分け合い、わたしの衣をくじ引きにした」という聖書が成就するためで、兵卒たちはそのようにしたのである。

さて、イエスの十字架のそばには、イエスの母と、母の姉妹と、クロパの妻マリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。

それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。

十字架

ここにはイエスが十字架につけられた様子が記されています。それは手足を釘で打ち付けられ、苦しみの中で徐々に死を迎えるという刑でしたが、十字架上のイエスは言葉を発せられたことが記されています。それは自分のことではなく、母マリヤへの配慮の言葉でした。

聖書預言の成就

また、兵卒たちはそう自覚してはいませんでしたが、彼らの行動は実は聖書(旧約聖書)に預言されていた通りであったことも記されています。結局、この世界の出来事は聖書(旧約聖書)に記されている通りに成就するということが言われているのではないでしょうか。そうだとすれば、聖書(旧約聖書)にはいったい何が記されているのかということは、とても重要なことではないでしょうか。

いかがでしたか

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目次
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二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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