【日本人と日本文化】日本人の幸福の源

日本人の誇り表紙

今日も藤原正彦著「日本人の誇り」から一部を抜粋してご紹介しています。ぜひ、本書を手に取って、全文を読んでみてください。

家や近隣や仲間などとのつながり

実はこの紐帯こそ(家やコミュニティーとの紐帯)が、幕末から明治維新にかけて我が国を訪れ日本人を観察した欧米人が、「貧しいけど幸せそう」と一様に驚いた、稀有の現象の正体だったのです。日本人にとって、金とか地位とか名声より、家や近隣や仲間などとのつながりこそが、精神の安定をもたらすものであり幸福の源だったのです。

現代日本の病

これを失った人々が今、不況の中でネットカフェ難民やホームレスとなったり、精神の不安定に追い込まれ自殺に走ったり、「誰でもいいから人を殺したかった」などという犯罪に走ったりしています。

少子化

少子化の根本原因もここにあります。家や近隣や仲間の有難さが失われ人々との繋がりが稀薄になったこの社会で、苦労して産み育てた子供は本当に幸せになれるだろうか。なれそうもないのなら出産や子育てにエネルギーを使うより、自らの幸福を追い求めよう。自分を支えてくれた社会へ恩返しするより自己実現、となるのです。「個の尊重」「個を大切に」を子供の頃から吹きこまれているからすぐにそうなります。

うるおいのある社会

だから少子化は出産費用の援助や「子ども手当」で解決する問題ではありません。馬車馬の尻を鞭で叩くような、勝者と敗者を鮮明にする成果主義にもとづく競争社会でなく、人々の濃密なつながりを大事にしたうるおいのある社会を取り戻さない限り、解決しないのです。

権威の崩壊

学級崩壊や学力低下なども、個人を尊重し過ぎた結果、先生と生徒、親と子供が平等となったことが大きな原因の一つです。基本的人権を除けば、先生は生徒より偉く、親は子供より偉い、という古くからの明確かつ当然な序列が薄くなったため、子供達が野放図となりました。厳しい鍛錬すらできなくなりましから、学力は低下しました。

幼児期からの教育

日本に昔からある「長幼の序」や「孝」を幼いうちから教えこまないと、どうにもなりません。自殺にまでつながる陰湿ないじめなども、「朋友の信」や「卑怯」を年端もいかぬうちから叩きこまない限り、いくら先生が「みんな仲良く」と訴え、生徒や親との連絡を緊密にしようとしてもなくなりません。

体質の劣化

要するに、現代日本の直面する諸困難は、各党のマニフェストに羅列してあるような対症療法をいくら講じてもどうにもならないということです。戦前から始まり、戦後には急坂を転がるように進んだ体質の劣化が原因だからです。・・・GHQと日教組による日本弱体化計画が偉大な成功を収めたのです。(本からの引用は以上です。)

神の国

親も子も、教師も生徒も、もちろん神の前にその尊厳は等しい。しかし、神から親に与えられた権威、教師に与えられた権威を無視するなら、そこには秩序の乱れと混乱があるだけです。本来の日本は神を中心にし、その権威に従う平和を享受していたのだと思います。神を越えて、個人を尊重するところにすべての不幸と混乱の根源があります。人間中心を退けて、今こそ神に立ち帰らなければなりません。

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本の文化、伝統、風習、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を開く時、そこに古くて新しい発見があることでしょう。

新約聖書 使徒行伝 6章1~7節

そのころ、弟子の数がふえてくるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちから、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して、自分たちのやもめらが、日々の配給で、おろそかにされがちだと、苦情を申し立てた。

そこで、十二使徒は弟子全体を呼び集めて言った、「わたしたちが神の言をさしおいて、食卓のことに携わるのはおもしろくない。そこで、兄弟たちよ、あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判のよい人たち七人を捜し出してほしい。

その人たちにこの仕事をまかせ、わたしたちは、もっぱら祈と御言のご用に当ることにしよう」。

この提案は会衆一同の賛成するところとなった。そして信仰と聖霊とに満ちた人ステパノ、それからピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、およびアンテオケの改宗者ニコラオを選び出して、使徒たちの前に立たせた。すると、使徒たちは祈って手を彼らの上においた。

こうして神の言は、ますますひろまり、エルサレムにおける弟子の数が、非常にふえていき、祭司たちも多数、信仰を受けいれるようになった。

ギリシヤ語を使うユダヤ人とヘブル語を使うユダヤ人

ギリシヤ語を使うユダヤ人とは、諸外国に離散していたユダヤ人で、エルサレムの神殿に参拝に来て、イエスの教えを受けいれ、彼らと共同生活をするようになった人たちだと考えられます。ヘブル語を使うユダヤ人とは、もともとエルサレム、ユダヤに住んでいたユダヤ人でしょう。何か差別的な待遇があったように思われます。ギリシヤ語を使うユダヤ人たちは、ヘブル語を使うユダヤ人からすると、ユダヤ的な生活や風習、価値観を失っていると感じられたのではないでしょうか。

祈と御言のご用

使徒たちは 「神の言をさしおいて、食卓のことに携わるのはおもしろくない」と言いましたが、食卓のような、毎日の生活の中でこそ、神を中心に生きるとはどういうことなのかが問われているのではないでしょうか。神ではなく、人に思いが向いているからこそ問題が起こっているのだと思います。この時にこそ神を中心にするとはどういうことかということに取り組むべきだったのではないかと私は思います。もちろん、祈と神の言も大切なことですが、生活のことは取り扱わないで、神の言と祈に専念するということから宗教化が始まるのではないでしょうか。

弟子の数が非常に増えた

しかし、それでも弟子の数は非常に増えていったとあります。もはやその数が記されてはいませんが、数万人規模にはなっていたのではないでしょうか。

いかがでしたか

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」

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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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