法華経のシャカの元はキリストだった。(4)

ブッダとキリスト

古代日本とイスラエルの関係について、久保有政氏のYouTube動画「法華経のシャカの元はキリストだった」からご紹介しています。今日はその(4)最終回です。

シャカとキリスト

つまり〝シャカは永遠の救い主である〟という法華経の教えは、〝キリストが永遠の救い主である〟という聖書の教えの、仏教的〝焼き直し〟なのである。法華経の説いた永遠のシャカは影であって、実体はイエス・キリストである。もともと、法華経は歴史上のシャカが死んだ後、約600年も経ってから書かれたものなのである。

岩波文庫の訳注

実際、岩波文庫の「法華経」の訳注(坂本幸男、岩本裕著)には、こう解説されている。「こうして大乗仏教に至って、原始仏教の無神論的な性格は破棄され、ブッダ(シャカ)が神格化され、歴史上のブッダの個性は次第に消滅していった」

キリスト教の影響

つまり、法華経が書かれ、仏教が大きく変貌した背景には、インドにおける使徒トマスらによるキリスト教宣教があったのである。・・・法華経を通して信じられてきた「久遠実成の仏」=永遠のシャカは、影であって、その信仰の実体はイエス・キリストにあった。(久保有政氏の解説からの引用は以上です。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は古代イスラエル系渡来人によって日本にもたらされた日本の文化、伝統、習慣、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人の原点を知るために聖書を読んでみてください。

旧約聖書 創世記 14章17~24節

アブラムがケダラオメルとその連合の王たちを撃ち破って帰った時、ソドムの王はシャベの谷、すなわち王の谷に出て彼を迎えた。その時、サレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒とを持ってきた。

彼はいと高き神の祭司である。彼はアブラムを祝福して言った、「願わくは天地の主なるいと高き神が、アブラムを祝福されるように。願わくはあなたの敵をあなたの手に渡された、いと高き神があがめられるように」。

アブラムは彼にすべての物の十分の一を贈った。時にソドムの王はアブラムに言った、「わたしには人をください。財産はあなたが取りなさい」。アブラムはソドムの王に言った、「天地の主なるいと高き神、主に手をあげて、わたしは誓います。わたしは糸一本でも、くつひも一本でも、あなたのものは何にも受けません。アブラムを富ませたのはわたしだと、あなたがたが言わないように。ただし若者たちがすでに食べた物は別です。そしてわたしと共に行った人々アネルとエシコルとマムレとにはその分を取らせなさい」。

いと高き神の祭司

サレムの王メルキゼデクはいと高き神の祭司だと記されています。彼はもちろんアブラムの子孫ではありませんが、アブラムの同族だったのでしょうか。しかし、アブラムの子孫でなくても、神をあがめる者、神の祭司がいたということなのでしょう。大切なことは宗教ではなく、神をあがめることだと思います。アブラムは彼にすべての物の十分の一を贈ったと記されています。

人ではなく神

ソドムの王は財産はいらないと言いましたが、アブラムは財産は受け取らないといいました。アブラムの祝福は人から与えられたものだと言われないようにするためだとアブラムは言っています。人ではなく、神を中心にして生きるアブラムの姿勢を伺うことができるのではないでしょうか。

いかがでしたか

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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