【日本とイスラエル】秦氏は古代ユダヤからの渡来人か

蚕の社

日本とイスラエルに関連した事柄について、日本ユダヤ教団のラビ(教師)として、日本に10年以上居住したことのあるマーヴィン・トケイヤー氏の著書「日本・ユダヤ封印の古代史」から紹介しています。

秦氏一族の日本渡来

紀元後に日本列島に来た人々の中で、秦氏は、最も人口の多い渡来人であった。『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』によると仲哀(ちゅうあい)天皇の時代に、「功満王」または「太秦君・宿祢(うずまさのきみ・すくね)」の率いる秦氏一族が日本に渡来した(一説には西暦356年)。

秦氏一族の融通王が渡来

また応神(おうじん)天皇の時代には、秦氏一族の融通王(弓月国の王。弓月の日本読みは、ゆづき)が、18,670人の民を率いて日本に渡来、帰化した(一説には西暦372年)。これは大勢力である。秦氏の王は、シルクロードを経由して持参した金、銀、織物その他の莫大な宝物を献上している。

その後も多くの秦氏一族が渡来

5世紀にも大勢渡来している。その後も、多くの秦氏一族が日本に渡来、帰化している。彼らは容姿も異なり、背が高く、言語も風俗も違っていたと記されている。秦氏は、養蚕、絹織物の技術に優れていた。太秦の地にある秦氏の神社「蚕の社」(写真は「蚕の社」木嶋坐天照御魂神社)の名はそれにちなんでいる。これはシルクロードのユダヤ人が、養蚕と絹織物の技術に優れていたことを思い起させる。

景教の一大拠点

また秦氏の子孫の多くは、舟の形のデザインを家の紋章としていた。このことは、イスラエル十部族の一つ、ゼブルン族の紋章が舟であったことと関係があるのだろうか。秦氏はもともと、中央アジアに位置する弓月国の人々だったと言われている。ここは、景教徒の一大拠点であった。

秦氏を保護した日本の天皇

手島郁郎の研究によれば、秦氏一族は、秦の始皇帝が築き始めた万里の長城の築城を命じられた。しかし苦役にたえられず、満州を経て朝鮮半島に逃れたという。朝鮮半島でも彼らは苦境に追い込まれたが、それを助けて保護してくれたのが、日本の天皇であった。日本の天皇は、西域の優れた先進文化を、秦氏(弓月の王)から学びたかったのである。一方、秦氏は日本の天皇の恩義に感激し、以後、天皇に忠実に仕える人々となった。秦氏の人々の宗教は、そうやって天皇に仕える中で、次第に変質していったようにも思える。

弥勒菩薩

秦氏の寺であった京都の広隆寺には、有名な「弥勒菩薩」が置かれている。なぜ、仏教の弥勒像が秦氏の寺にあるのか。じつは「ミロク」(弥勒)思想というのはE.A.ゴードン女史も明らかにしているように、キリスト教やユダヤ教の「メシヤ」思想がインドに入って生まれたものである。ゴードン女史は、「メシヤ」思想がインドに入って「マイトレーヤ」となり、それが中国に入って「ミレフ」となり、日本で「ミロク」となったと述べている。

秦氏の信仰

ミロク(メシヤ)思想は、秦氏の故郷・弓月国でも盛んだった。それで秦氏は、弥勒は日本では仏教のものとして崇められているけれども、もともとは自分たちの信じるメシヤ思想に通じるということで、しだいに仏教に迎合していったようである。こうして秦氏は、ユダヤ人としての、またキリスト教徒としてのアイデンティティを、しだいに失っていったように思える。(本からの引用は以上です。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本人の文化、習慣に深い関係があると思われます。外国の宗教の教典という考えはひとまず脇において、本来の日本人の心を取り戻すために聖書を読んでみてください。

新約聖書 ルカによる福音書 8章40~48節

イエスが帰ってこられると、群衆は喜び迎えた。みんながイエスを待ちうけていたのである。するとそこに、ヤイロという名の人がきた。この人は会堂司であった。イエスの足もとにひれ伏して、自分の家においでくださるようにと、しきりに願った。彼に十二歳ばかりになるひとり娘があったが、死にかけていた。ところが、イエスが出て行かれる途中、群衆が押し迫ってきた。

ここに、十二年間も長血をわずらっていて、医者のために自分の身代をみな使い果たしてしまったが、だれにもなおしてもらえなかった女がいた。この女がうしろから近寄ってみ衣のふさにさわったところ、その長血がたちまち止まってしまった。

イエスは言われた、「わたしにさわったのは、だれか」。人々はみな自分ではないと言ったので、ペテロが「先生、群衆があなたを取り囲んで、ひしめき合っているのです」と答えた。しかしイエスは言われた、「だれかがわたしにさわった。力がわたしから出て行ったのを感じたのだ」。

女は隠しきれないのを知って、震えながら進み出て、みまえにひれ伏し、イエスにさわった訳と、さわるとたちまちなおったこととを、みんなの前で話した。そこでイエスが女に言われた、「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」。

以前の出来事

以前にイエスがパリサイ人シモンの家にいた時、罪の女が入って来て、イエスの足を涙でぬらし、髪の毛でぬぐい、足に口づけして、香油を塗った出来事が記されていました。その時にもイエスはその女に「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言ったことを思い起します。

イエスに近づいた長血の女

この十二年間長血をわずらっていた女もイエスの噂を聞いて、イエスに触れれば長血が治ると期待して、イエスのところに来たのではないでしょうか。実際にイエスの衣のふさに触れると、長血がたちまち止まったと記されています。事実の記録であるとすれば、イエスを通して神の超自然的な力が働いたということだと思います。

あなたの信仰

イエスはこの時にも「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言ったと記されています。両者に共通していることは、イエスを慕って、イエスに期待して、イエスのところに来たということでしょうか。イエスはそれを「信仰」と呼んだのではないでしょうか。

イエスのところに来る

ルカによる福音書は明らかにイエスは神から特別な力を与えられたメシヤ、キリストであると伝えていると思います。この方を通して神の力が働くということを言っているのだと思います。それは何かの宗教の信者や会員になるということではないと思います。イエス・キリストのところに来て、イエス・キリストの言葉を受け入れて生きること。それがイエス・キリストが言った信仰であり、秦氏がもたらした日本人の心だったのではないでしょうか。

いかがでしたか

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本書の目次

一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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