【日本とイスラエル】秦氏のルーツ(8)

INRI

日本と古代イスラエル人との関連について、久保有政氏のYouTube動画解説「秦氏のルーツ:古代イスラエル、東方基督教との関係」からご紹介いたします。

秦氏と平安京

秦氏一族は、京都に都が移され、そこが「平安京」になったときも、財力や技術力を生かして、平安京建設を全面的にバックアップした。天皇がお住まいになった「大内裏」と呼ばれる所も、もとは秦河勝の住居であった。

平安京と十字架

じつは平安京は十字架の形につくられた。平安京は、整然としたブロックに区分けして造られたが、長方形のブロックと正方形のブロックとから成り、長方形のブロックだけを色分けしてみると、そこにT字形の十字架が現れる。まさにイエスの十字架を思わせる形である。

頭と罪状書の位置

そして十字架のイエスの頭に相当する位置に、天皇のお住まいがあった。また、イエスの十字架においては、頭の上に、罪状書の板が掲げられた。よくイエスを描いた絵画などをみると、十字架のイエスの上に「INRI」(またはJNRI)と書かれた罪状書の板が掲げられている。

元稲荷

この「INRI」(インリ)は、「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という言葉の頭文字である。平安京では、そのINRIの罪状書の位置にある船岡山に、「元稲荷」の神社が置かれた。つまりINaRI神社である。昔の日本には、「ん」を表す文字はなかったので(古事記にも日本書紀にも万葉集にもない)、Nは「ん」とせず、それはナザレの「ナ」の部分だから、Naとした。

秦氏がつくった神社

INaRI神社は秦氏がつくった神社である。それで、その最も元となる「元稲荷」がそこに置かれた。この元稲荷は、現在の稲荷神社の総本宮である伏見稲荷大社よりも古い。それは全国の稲荷神社の元なのである。(久保有政氏の解説からの引用は次回に続きます。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は、古代イスラエル系渡来人によってもたらされた日本の文化、伝統、習慣、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の経典としてではなく、日本の原点を知るために聖書を読んでみてください。

旧約聖書 創世記 27章1~14節

イサクは年老い、目がかすんで見えなくなった時、長子エサウを呼んで言った、「子よ」。彼は答えて言った、「ここにおります」。イサクは言った。「わたしは年老いて、いつ死ぬかも知れない。それであなたの武器、弓矢をもって野に出かけ、わたしのために、しかの肉をとってきて、わたしの好きなおいしい食べ物を作り、持ってきて食べさせよ。わたしは死ぬ前にあなたを祝福しよう」。

イサクがその子エサウに語るのをリベカは聞いていた。やがてエサウが、しかの肉を獲ようと野に出かけたとき、リベカはその子ヤコブに言った、「わたしは聞いていましたが、父は兄エサウに、『わたしのために、しかの肉をとってきて、おいしい食べ物を作り、わたしに食べさせよ。わたしは死ぬ前に、主の前であなたを祝福しよう』と言いました。

それで、子よ、わたしの言葉にしたがい、わたしの言うとおりにしなさい。群れの所へ行って、そこからやぎの子の良いのを二頭わたしの所に取ってきなさい。わたしはそれで父のために、父の好きなおいしい食べ物を作りましょう。あなたはそれを持って行って父に食べさせなさい。父は死ぬ前にあなたを祝福するでしょう」。

ヤコブは母リベカに言った、「兄エサウは毛深い人ですが、わたしはなめらかです。おそらく父はわたしにさわってみるでしょう。そうすればわたしは父を欺く者と思われ、祝福を受けず、かえってのろいを受けるでしょう」。

母は彼に言った、「子よ、あなたがうけるのろいはわたしが受けます。ただ、わたしの言葉に従い、行って取ってきなさい」。そこで彼は行ってやぎの子を取り、母の所に持ってきたので、母は父の好きなおいしい食べ物を作った。

父を欺く

エサウとヤコブが生まれた時、兄は弟に仕えるようになると神は語りました。リベカはそれを覚えていたことでしょう。しかし、イサクは兄を愛し、祝福を兄に与えようとしていました。リベカはヤコブに父を欺くようにと指示しているようです。ヤコブは恐れました。神を恐れたというより、父を欺いたことが発覚し、むしろ父からのろいを受けるようになることを恐れたようです。しかし、母の言うとおりに従いなさいとリベカは言いました。神に従うなら、どうすれば良いのでしょうか。ヤコブは母に従うことが神に従うことだと判断したのかもしれません。それが正しい判断であったのかどうかは分かりません。しかし、神を中心にしながらも、私たちは自分で判断しなければなりません。誰かのせいにすることも、神のせいにすることもできません。これが神に従うことだと判断するのは自分であり、その責任も自分にあります。もちろん、私たちは間違う危険性があります。だから、後で間違っていたと思ったのなら、それも一つの経験として、成長するしかありません。私はそう考えていますが、いかがでしょうか。

いかがでしたか

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目次
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二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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