【日本とイスラエル】神社と幕屋の類似(8)手水舎

水で清める

日本と古代イスラエル人との関連について、久保有政氏のYouTube動画解説「神道のルーツとユダヤ2」からご紹介いたします。

心身を清める

日本の神社の入り口近くには、「手水舎」がある。これは水飲み場ではなく、参拝の前に口をすすぎ、手を洗って禊ぎをし、心身を清めるための場所である。昔は足も洗ったという。手水舎の水盤にはよく「洗心」という言葉が彫られている。これは、両手を清め口をすすぐことにより、心も洗い清めるという意味である。

古代イスラエル神殿の「洗盤」

同様に古代イスラエル神殿においても、神殿の内庭に「洗盤」または「青銅の海」と呼ばれる禊ぎの場があった。これはやはり手と足を洗い、心身を清めるためのものであった(旧約聖書出エジプト記30章18~21節)。今日も伝統的、あるいは正統派のユダヤ教会堂(シナゴーグ)には、入り口近くに手を洗うための場所があり、水の栓がずらりと並んでいる。神を礼拝する前に、心身を洗い清めるのである。

ユダヤ教の影響

同様のものは中国の都市「開封」の古いユダヤ教シナゴーグにもある。開封は、紀元前の時代からユダヤ人が住んでいたところとして有名だ。これも同じ伝統に基づくものである。同様に水による清めの場は、カトリック教会にもあるが、これはユダヤ教会堂の風習を受け継いだものである。イスラム教のモスク(会堂)にもあり、やはりユダヤ教会堂の風習から来ている。すべて、もとはユダヤ教なのだ。

ユダヤの風習と同じ

・・・エルサレムにあるイスラエルの失われた10支族調査機関「アミシャブ」の代表ラビ・エリヤフ・アビハイルが来日したおりも、彼を神社に案内すると、手水舎で手を洗っていた。彼らには、手水舎は親しみやすいものらしい。ユダヤの風習と同じだからだ。・・・

渡来人によってもたらされた

東京皇典講究所および国学院大学講師だった小谷部全一郎博士によると、日本のアイヌには、こうした禊ぎ、清めの風習はないという。仏教にもない。つまり、禊ぎの風習はアイヌから伝わったものではなく、また仏教から来たものでもなく、日本に神道をもたらした渡来人が伝えたものなのである。(久保有政氏の解説からの引用は次回に続きます。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は、古代イスラエル系渡来人によってもたらされた日本の文化、伝統、習慣、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の経典としてではなく、日本の原点を知るために聖書を読んでみてください。

旧約聖書 創世記 32章22~32節

彼はその夜起きて、ふたりの妻とふたりのつかえめと十一人の子どもとを連れてヤボクの渡しをわたった。すなわち彼らを導いて川を渡らせ、また彼の持ち物を渡らせた。ヤコブはひとりあとに残ったが、ひとりの人が、夜明けまで彼と組打ちした。

ところでその人はヤコブに勝てないのを見て、ヤコブのもものつがいにさわったので、ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた。その人は言った、「夜が明けるからわたしを去らせてください」。ヤコブは答えた、「わたしを祝福してくださらないなら、あなたを去らせません」。

その人は彼に言った、「あなたの名はなんと言いますか」。彼は答えた、「ヤコブです」。その人は言った、「あなたはもはや名をヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」。

ヤコブは尋ねて言った、「どうかわたしにあなたの名を知らせてください」。するとその人は、「なぜあなたはわたしの名をきくのですか」と言ったが、その所で彼を祝福した。そこでヤコブはその所の名をペニエルと名づけて言った、「わたしは顔と顔をあわせて神を見たが、なお生きている」。

こうして彼がペニエルを過ぎる時、日は彼の上にのぼったが、彼はそのもものゆえにびっこを引いていた。そのため、イスラエルの子らは今日まで、もものつがいの上にある腰の筋を食べない。かの人がヤコブのもものつがい、すなわち腰の筋にさわったからである。

ひとりの人が、夜明けまで彼と組打ちした

ヤコブは妻たちと子供たちと持ち物を渡らせた後、ひとり残りました。その夜、ヤコブは一人の人と夜通し組打ちをしたことが記されています。ここに相撲の起源があると言われています。実際、日本にはひとり相撲と言って、見えない神と相撲を取る神事までも残されています。神が祝福してくださるまでは、決して手を離さないというヤコブの迫力が伝わってきます。この時からヤコブはイスラエルと呼ばれるようになります。実際にこのような出来事があったのか。それとも、約束の地に帰り、ここからイスラエルが始まるということを暗示しているのか。分かりませんが、それは神の祝福を求めるイスラエルの姿こそが、その土台であることを思わされます。それはまた、日本の建国の精神でもあることを思います。

いかがでしたか

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目次
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二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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