【日本とイスラエル】盆踊りとイスラエルの風習

盆踊り

日本の盆踊りとイスラエルの風習について、久保有政氏のYouTube動画解説「日本の風習の中の古代イスラエル」からご紹介いたします。

盆踊り

お盆のとき、日本人は「盆踊り」をする。これはじつは、仏教の踊りではなく、古代から日本で行なわれていた「歌垣」と呼ばれる踊りからきたものである。歌垣は、上代(大和時代)から行なわれ、奈良朝時代に至って特に盛んになった。

歌垣

これは全国の男女の間に流行し、男女はそこで歌い、踊り、見合いなどをして結婚を約束した。踊りの仕方は、男女が交互になって円形の輪をつくり、一人の音頭取りの歌につれて拍子をとる。みなは歌を掛け合いながら踊り、人数が増加するに従って2重、3重の輪をつくるというものだった。

他の諸外国

同様の風習は、中国南部や、インドシナ半島、フィリピンや、インドネシアなどにもあり、またアジアだけでなく他の諸外国にもある。歌垣は、春や秋、特別なときや一定の時期に行われたが、死者を弔う意味よりも、むしろ男女の出会いのためのものだった。しかし、これが日本では、やがて盆踊りとなって残ったのである。つまり歌垣に新しい意味が与えられた。

古代イスラエルの風習

古代イスラエルにも、一種の歌垣があった。それは7月15日からの仮庵の祭(北王国では8月15日から)においてであった。仮庵の祭は死者を弔う意味も持つ祭であり、そのとき踊り会があって、未婚の娘たちや男子たちは、その夜の踊りと出会いの時を楽しみにしていた。

それはまさに盆踊り

ユダヤ人学者の記すところによると、エルサレムでは夜、神殿を中心に灯火がかかげられ、多くの人々がそこに松明をもって集まった。その庭では、人々は、2重、3重に輪をつくって、歌をうたいながら踊った。まわりの者も拍手をしたり、音頭をとって共に興じた。それはまさに盆踊りの光景だったのだ。盆踊りの起源はここにある。(久保有政氏の解説からの引用は次回に続きます。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は、古代イスラエル系渡来人によってもたらされた日本の文化、伝統、習慣、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の経典としてではなく、日本の原点を知るために聖書を読んでみてください。

旧約聖書 創世記 42章18~25節

三日目にヨセフは彼らに言った、「こうすればあなたがたは助かるでしょう。わたしは神を恐れます。もしあなたがたが真実な者なら、兄弟のひとりをあなたがたのいる監禁所に残し、あなたがたは穀物を携えて行って、家族の飢えを救いなさい。そして末の弟をわたしのもとに連れてきなさい。そうすればあなたがたの言葉のほんとうであることがわかって、死を免れるでしょう」。彼らはそのようにした。

彼らは互に言った、「確かにわれわれは弟の事で罪がある。彼がしきりに願った時、その心の苦しみを見ながら、われわれは聞き入れなかった。それでこの苦しみに会うのだ」。

ルベンが彼らに答えて言った、「わたしはあなたがたに、この子供に罪を犯すなと言ったではないか。それにもかかわらず、あなたがたは聞き入れなかった。それで彼の血の報いを受けるのです」。

彼らはヨセフが聞きわけているのを知らなかった。相互の間に通訳者がいたからである。ヨセフは彼らを離れて行って泣き、また帰ってきて彼らと語り、そのひとりシメオンを捕えて、彼らの目の前で縛った。そしてヨセフは人々に命じて、彼らの袋に穀物を満たし、めいめいの銀を袋に返し、道中の食料を与えさせた。ヨセフはこのように彼らにした。

確かにわれわれは弟の事で罪がある

ヨセフは兄たちに厳しい態度を取りました。それは神の前に、兄たちの罪を自覚させるため、またこれからは神の前に誠実に歩ませるための配慮であったのか、それとも兄たちへの憎しみであったのか。食料も銀も持たせて兄たちを帰らせたところを見ると、兄たちに罪を自覚させるために、あえて厳しい態度をとったのかもしれません。いずれにしても、兄たちは自分たちの罪を自覚したようです。この困難を通して、兄たちは自らの行いを顧みました。困難にはそのような効果があることを考えると、誰も困難を望む者はないかもしれませんが、困難にも積極的な意味があることを思います。大切なことは、神の前に自らの行いを顧みることではないでしょうか。そして、自らの罪、過ちを自覚し、その罪を離れ、神に立ち返り、あらたに神の前に正しく、誠実に歩むことが大切です。

いかがでしたか

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目次
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二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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