【日本とイスラエル】歴史の皮肉

書籍「失われた十部族の足跡」

日本とイスラエルに関連する内容について、アビグドール・シャハン著「古代日本に辿り着いたユダヤ人・失われた十部族の足跡~イスラエルの地から日本まで」からご紹介いたします。

徳川秀忠のキリスト教禁止令

その後、家康の後を継いだ徳川秀忠は父親の進言を受けて、1614年にキリスト教の禁止令を出した。キリスト教徒たちとイエズス会神父たちは棄教して仏教徒になるか、日本を出国するかの選択を迫られ、命令に従わない場合は死刑に処せられた。

秀忠の弾圧

秀忠は教会の財産を没収し、教会を焼き払った。多くの宣教師たちは日本を脱出し、熱心な者たちは、まるでスペインやポルトガルのマラノになったユダヤ人たちのように隠れてキリシタンとなって信仰を継続した。

家光の弾圧

1623年、徳川家光が将軍となった。彼はイエズス会の宣教師たちが商人に変装し、隠れて宣教活動を続けていることを発見、彼らのうち50名を死刑に処し、残った者たちを日本から追放した。またスペイン人商人らがイエズス会の宣教師たちを保護していることを知り、彼らも日本から追放した。

歴史の皮肉

諸民族や人間の歴史はなんと皮肉に満ちているものかと驚かされる。ヨーロッパではカトリックがユダヤ教徒を厳しく迫害していたと同じ時代、アジア大陸の東の果てではイスラエル十支族の子孫たちが、カトリックに対して、あたかも報復するかのような行動をとっていたのである。

日本を出国したカトリック教徒

日本を出国したカトリック教徒たちはフィリピンに渡り、そこで再び日本で人の魂を狩るための網を編んだ。家光は、フィリピンに渡って今後の宣教活動についての指導や命令を受けていた日本人キリスト教徒に対しての法令も一層厳しいものとした。こうして彼はそれまでの徳川将軍たちと同様、徹底してキリスト教宣教とは戦う決意を強くする。

キリスト教との戦い

1636年、彼は日本人が外国に出国することを死刑をもって禁じ、外国で五年間過ごした者には、日本に帰国する権利を認めなかった。また日本人が隠れて出国することを阻止するため、遠くまで航海する能力を持つ、二本以上のマストを備えた船の建造も禁じた。このように厳しい禁令にも関わらず、一部の日本人たちは隠れて信仰を守り続けたが、その多くは本州の南部に住む農民たちであった。

イエズス会の宣教

フィリピンのイエズス会本部は、なおも日本への宣教継続の意思を持ち、九州の長崎に近い島原地方へ様々な方法で身分を隠した活動家を送り込むことに成功した。・・・彼らは隠れキリシタンたちの中に、幕府に対する憎悪の種を蒔くことに成功し、それは幕府に対する大きな反乱となって発芽した。

島原の乱

この反乱の表向きの原因は年貢の軽減要求であったが、すぐに本性が現われた。反乱者たちは白地に赤い十字架をあしらった旗を掲げ、自らをイエス・キリストの使者だと宣言したキリスト教徒の農民によって指揮された。将軍家光は、この反乱の背後には、キリスト教諸国を日本との戦争に引き込もうとする勢力があると考え、九万人もの軍隊を派遣、さらにオランダ船が大砲で幕府軍を支援して、ついに反乱は鎮圧された。その後、日本は約250年に渡って、宣教師たちの影響をほとんど受けることがなかった。(本からの引用は以上です。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本の文化、伝統、歴史、国民性のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を開くとき、そこに古くて新しい発見があることでしょう。

新約聖書 ヨハネの福音書 20章24~31節

十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれているトマスは、イエスがこられたとき、彼らと一緒にいなかった。ほかの弟子たちは、彼に「わたしたちは主にお目にかかった」と言うと、トマスは彼らに言った、「わたしは、その手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、また、わたしの手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」。

八日ののち、イエスの弟子たちはまた家の内におり、トマスも一緒にいた。戸はみな閉ざされていたが、イエスがはいってこられ、中に立って「安かれ」と言われた。

それからトマスに言われた、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」。

トマスはイエスに答えて言った、「わが主よ、わが神よ」。イエスは彼に言われた、「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」。

イエスは、この書に書かれていないしるしを、ほかにも多く、弟子たちの前で行われた。しかし、これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである。

トマス

トマスはイエスがよみがえったという証言を信じることができなかったようです。人間的に考えれば、そうだろうと思います。八日ののちとは、一週間後の日曜日ということでしょう。イエスは再び弟子たちの前に現れました。トマスは自分の言ったことを恐れたのではないでしょうか。本当に神は生きて働いておられる。それは宗教ではないということを知ったのではないでしょうか。イエス・キリストの十字架による罪のゆるしとよみがえり。それは宗教ではなく、キリスト教徒になるとか、ならないということではなく、事実だということを聖書は伝えているのだと思います。このメッセージは古代日本にすでに伝えられており、日本人の国民性に大きな影響を与えたと私は考えています。それはキリスト教ではありません。むしろ日本人の国民性の中にこそ、イエスの教えは継承されていると私は考えています。

いかがでしたか

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」

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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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