【日本とイスラエル】三種の神器、狛犬、手水舎、賽銭箱、鳥居、他

日本神道と古代ユダヤ教の類似点について、日本ユダヤ教団のラビ(教師)として日本で10年以上過ごしたことのあるマーヴィン・トケイヤー氏の著書「日本・ユダヤ封印の古代史」から引き続きいくつかご紹介いたします。

イスラエルと日本の三種の神器

藤沢親雄博士は、正当派神道の信奉者であり九州帝大教授であったが、日本の三種の神器の起源は古代イスラエル宗教にあると信じていた。ほかにも神道の学者で、日本の三種の神器はイスラエル起源と考える人は少なくない。ある人は、古代イスラエルの十戒の石の板と日本の鏡を、またマナと勾玉を、また杖と剣を、対応させて考えている。ある人は、鏡は、ソロモン神殿においても使用されていたことを指摘している(旧約聖書Ⅰ列王記7章28節)。また勾玉の形について、それはヘブル語アルファベットの一つであるヨッド(’)そっくりであることを、指摘している人もいる。これは神の御名ヤハウェの頭文字でもある。

神社の狛犬

神道の学者は、狛犬はもともと中近東から来たことを、一致して認めている。中近東の様々な古代神殿から、日本と同じような狛犬が多数発見されているからである。そして中近東地域の狛犬の起源は、じつはイスラエルのソロモン神殿にある。紀元前10世紀に建てられたソロモンの神殿内には、ライオン(獅子)の像やレリーフがあったからである(旧約聖書Ⅰ列王記7章36節、10章19節)。

神社の手水舎

神社の入口近くには「手水舎」がある。参拝の前に口をすすぎ、手を洗って禊ぎをし、心身を清めるための場所である。昔は足も洗ったという。同様に古代イスラエル神殿においても、神殿の内庭に「洗盤」または「青銅の海」と呼ばれる禊ぎの場があった。これはやはり手と足を洗い、心身を清めるためのものであった(旧約聖書出エジプト記30章18~21節)。

神社の賽銭箱、鳥居、他

古代イスラエルの神殿には、初期には賽銭箱はなかったが、のちに賽銭箱が置かれるようになったと聖書に記されている。神社の入口には、「鳥居」と呼ばれる門がある。この門の形は、韓国や中国にもない。日本独特のものである。現在の鳥居の多くは、二本の柱と、それらを上部で結ぶ横木とからなっている。しかし、東京皇典講究所および国学院大学講師だった小谷部全一郎博士によれば、鳥居の最も古い形は、左右二本の柱のみだった。神道家は、古くから鳥居を一個のものとは見ず、二個別々のものとして見ている。たとえば神官は、祭典の都度、左右の柱の根元に、榊と幣帛とを別々に捧げる。また古代からの慣例により、左右の柱に別々に礼をする。古代イスラエルの神殿にも、入り口に左右二本の太い柱が立っていた(旧約聖書Ⅰ列王記7章21節)。日本の神社はまた、すべて木造建築物である。同様に、古代イスラエル神殿においても、その建築に木材が大量に使われた。石材も用いられたが、壁や、床、天井に至るまで、内部はすべて木材でおおわれていたのである(旧約聖書Ⅰ列王記6章9節、15~18節)。

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は宗教の戒律が記された教典ではなく、神様を中心にして生きようとしたユダヤ人の記録であり、私たち日本人の文化、伝統、信仰の源泉でもあります。キリスト教の教典としてではなく、神様を中心にして生きる日本人として聖書を読んでみてください。

新約聖書 マルコによる福音書 1章9~15節

そのころ、イエスはガリラヤのナザレから出てきて、ヨルダン川で、ヨハネからバプテスマをお受けになった。そして、水の中から上がられるとすぐ、天が裂けて、聖霊がはとのように自分に下って来るのを、ごらんになった。すると天から声があった、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。

それからすぐに、御霊(みたま)がイエスを荒野に追いやった。イエスは四十日のあいだ荒野にいて、サタンの試みにあわれた。そして獣もそこにいたが、御使いたちはイエスに仕えていた。

ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」。

世界最古の古文書の証言

聖書は世界最古の古文書と言って良いと思います。聖書は本来1冊の本ではなく、約40人くらいの人たちによって書かれた66巻の別々の古文書です。旧約聖書と呼ばれる39巻の古文書は全て紀元前に書かれたものであり、新約聖書と呼ばれる27巻の古文書は紀元後1世紀のうちに書かれたものです。日本の古事記、日本書紀でさえ紀元後8世紀頃の文書ですから、聖書がいかに古いものであるかご理解いただけると思います。

イエスについて

新約聖書のはじめにはマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる4つの福音書がありますが、その中心的なテーマの一つはイエスという人物こそが神様から特別な権威を与えられたメシヤ(神様から聖い油を注がれた者という意味)であり、いよいよその時が満ちて、福音(良い知らせ、救い)が実現したということだと思います。

イエスの教え「神の国」

イエスの教えは「神の福音」、つまり神様の良い知らせだとあります。「時は満ちた」とは、神様のご計画の時が来たということでしょう。「神の国」とは、神様を中心として生きる国ということでしょう。「悔い改め」とは、中心を変えること。つまり、自己中心を退けて、神様を中心にすること。それが福音であり、良い知らせであり、救いであることを受け入れなさいということだと思います。

いかがでしたか

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