日本とイスラエルの類似した風習について、日本ユダヤ教団のラビ(教師)として、日本に10年以上居住したことのあるマーヴィン・トケイヤー氏の著書「日本・ユダヤ封印の古代史」からご紹介いたします。
ある新聞記事
私は以前、英文のこんな新聞記事を読んだことがある。それは1913年発行のアメリカのあるユダヤ系新聞だった。昔、あるユダヤ人が日本の神戸に来たときのことだった。ユダヤ人は骨董品店に入り、花瓶を手にとって値段はいくらなのか、と見ていた。するとなんとその花瓶のラベルには、ヘブル文字が書いてあるではないか。
日本で見たヘブル文字
ユダヤ人は、ヘブル語アルファベットを数字としても使う。たとえばアルファベットの最初の文字(アレフ א)は1を表し、二番目の文字(ベート ב)は2を表すというようにである。ほかのアルファベットも、みな数字に対応している。
ヘブル文字を使う日本人
ユダヤ人は店の主人に、「この文字は何ですか」と聞いた。主人は「ああ、それは店の者が値段を決める際のマークなんですよ」と言った。「では、この花瓶はいくらなんですか」と聞くと、「5ドルです」と主人は答えた。「しかし、ここに32セントと書いてあるのに、5ドルとはまたどうしてですか」とユダヤ人は言った。
驚いた主人
すると主人は驚いて、「いったいどうしてそれがわかったんですか!」と言った。「だって、ここにヘブル文字でそう書いてあるじゃありませんか。ユダヤ人なら、誰でも読めますよ」と彼は言った。
それとは知らなかった店の主人
それでも店の主人は、ヘブル語とは何なのか皆目わからない様子だった。ユダヤ人についても、イスラエルについても、ユダヤ教についても、主人は全く知らない様子だった。だが、主人は教えてくれた。その文字は何世代も前、非常に古い時代から、父から子へ、また孫へと代々彼の家で引き継がれてきた数字なのだと。
先祖から伝わっている物
そのユダヤ人はさらに、店の主人に「あなたの家に先祖代々伝わっている物があれば、見せていただけませんか」と聞いた。すると主人は、銀製の円錐形の鐘を見せてくれた。それは、まぎれもなく、ユダヤ人がトーラーの巻き物を巻くときに使うものだったという。(本からの引用は以上です。)
ユダヤ人の日本に対する関心
ここで紹介されている新聞記事の信憑性を確認することは私にはできませんが、トケイヤー氏がこの新聞記事を取り上げているということ、また、ユダヤ人の間では日本人との関係が取り沙汰されているということは重要なことだと思います。
聖書を読みましょう
それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書はイスラエル人の記録であり、日本人の心でもあります。キリスト教の教典としてではなく、神様を中心にして生きる日本人の心に触れるために聖書を読んでください。聖書の神様を日本人の神様として読むことが大切だと思います。
新約聖書 ルカによる福音書 3章7~14節
さて、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出てきた群衆にむかって言った、「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、のがれられると、おまえたちにだれが教えたのか。だから、悔改めにふさわしい実を結べ。自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく。神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ」。
そこで群衆が彼に、「それでは、わたしたちは何をすればよいのですか」と尋ねた。彼は答えて言った、「下着を二枚もっている者は、持たない者に分けてやりなさい。食物を持っている者も同様にしなさい」。
取税人もバプテスマを受けにきて、彼に言った、「先生、わたしたちは何をすればよいのですか」。彼らに言った、「きまっているもの以上に取り立ててはいけない」。兵卒たちもたずねて言った、「では、わたしたちは何をすればよいのですか」。彼は言った、「人をおどかしたり、だまし取ったりしてはいけない。自分の給与で満足していなさい」。
ヨハネが教えた内容
ここにはヨハネがどのようなことを教えたのかということが記されています。まず、神様の怒りが迫っていることを教えています。「まむしの子ら」とは、神様の願いや思いを中心としないで、自己中心で悪を行う人々のことを指しているのでしょう。ただ、水による禊ぎ(バプテスマ)を受ければ良いということではなく、良い実、つまり良い行い、良い生活をしなければ、火の中に投げ込まれると警告しています。アブラハムの子、つまりイスラエル人だから大丈夫ということでは決してないとも言われています。
何をすれば良いのか
具体的には何をすれば良いのかという質問に、持っている者は持っていない者に分けてやりなさいと教えられています。それは自分さえ良ければ良いということではいけないということであり、それが神様を中心にすることだと教えられているのだと思います。
取税人からの質問
取税人とは、ユダヤ人から税金を集めてローマに納める仕事をする者ですが、そのようなことは止めなさいとは言われていません。それはユダヤ人にとっては屈辱的なことかもしれませんが、その中で不正を行わないで、正しく仕事をすることが教えられているのではないでしょうか。
兵卒の質問
この兵卒はローマ兵ではなく、ユダヤ兵なのだと思いますが、与えられた役職を乱用しないで、その責務を正しく果たすようにと教えられているのだと思います。それは全て自己中心を退けて、神様の願いや思いを中心にして正しく生きるということに他ならないと思います。
いかがでしたか
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目次
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二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」