神様が分かって自分の存在意義を知った

神様が分かると喜びがありますよ

神様が分かると、どんな良いことがあるでしょうか。それはたくさんありますが、私にとって最も嬉しかったことは、この世に自分が生きているのは決して偶然でなく、意義と目的があるからだということが分かったことでした。

日本人は初詣をする国民ですね

子供の頃、私の家には仏壇も神棚もありませんでしたが、毎年欠かさず初詣には行っていました。初詣に行かないと新年を迎えた気持ちにはなりませんでしたね。国民がこぞって何千万人も毎年決まって神様を礼拝するために神社に出かけるというのは、世界広しと言えども、他国ではなかなか見られないことではないかと思います。

それは素晴らしい伝統であり、習慣だと思います

それは単なる習慣であって、信仰ではないという見方もあるのかもしれませんが、私はこのような習慣があること自体、日本の文化、伝統、習慣がいかに信仰に根差したものであるのかということを思わされ、多くの日本人がそれを当たり前としているところに感動します。逆にそのような習慣が失われつつあるとしたら、それは大変危惧すべきことだと私は思っています。

でも、神様をよく分かってはいなかった

そんな私でしたが、しかし神様がよく分かっていたかと言われれば、よく分かっていなかったと思います。だから20歳の頃、私は「人間は何のために生きるのだろう」ということをよく考えましたが、よく分かりませんでした。もし、この世界はすべて偶然に過ぎないのであれば、私が生きているのも偶然だということになり、積極的に生きる意味を見出すことができず、大変憂鬱になっていました。

私に神様のことを教えてくれる人がいました

そんな私に大転機が訪れました。それは私が30歳の時のことでした。私に神様は本当にいるよという話をしてくれる人がいました。神様は私のことを愛して、私を救うために自らの命を十字架につけ、3日目によみがえった。だから、神様は本当にいるんだよと教えてくれました。でも、もう頭が固くなっていたのでしょう。私にはすぐには神様が分かりませんでした。それじゃあ、理屈はどうでもいいから、一言祈りましょう、ということになりました。

抵抗はありましたが、声に出して祈ってみました

いやー、これは大変なことになりました。それは抵抗がありましたよ。神社で手を合わせたことはもちろんありますけど、声に出して祈るなんてことは初めての経験でしたからね。でも、その方は私のために声に出して祈り始めました。私も覚悟を決めて祈りました!今でも忘れません。「天の神様。私はあなたのことがよく分かりません。知識が邪魔をして、子供のような心を忘れてしまったからかもしれません。でも、神様が本当にいるなら、私に神様が分かるようにしてください。」そう祈りました。

突然、神様が分かりました

不思議なことに、翌日も、またその翌日も祈りたくなって、一人になれる場所を探して、同じような祈りをしました。奇跡は4日目に起こりました。朝早く出勤して、まだ誰も来ていない職場の窓から見える外の風景(と言っても、1月の冬枯れの山間の風景でしたが)を見た瞬間、ああ、神様はおられるということが分かりました。この天も地も決して偶然ではあり得ない。すべては神様が造られたんだということが、その時、突然分かりました。私はその場で「天の神様。この天も地も、この私も!あなたが造られたということが分かりました。それなのに、これまであなたに心を向けず、自分勝手な人生を生きてきたことを、どうぞ赦してください。こんな私のために神様ご自身が十字架についてくださったことを感謝します。どうぞこれからの私の人生を導いてください。」と祈りました。

喜びがあふれてきました

その瞬間、私がこの世に生きている、いや生かされているのは決して偶然ではないんだ。意義と目的をもって、私は造られたんだということが分かり、言葉では表すことができないような喜びがあふれてきました。これが「救い」ということであれば、確かにこれは「救い」ですね。私は「救われたー!」みんなに、そう叫びたいような気持ちでした。それから24年、その気持ちはまったく変わりません。この喜びがいつも私の心の深いところにはあります。

神様が分かる度に、心が深められてきました

確かに私はその後、クリスチャンになりました。でも、この喜びは私がキリスト教徒になったからではなく、以前よりも少し神様が分かったらからだと思います。その後もまた神様のことが分かる度に、また喜びがあります。今日までそのような経験をたくさんして、私の心は深められてきたと思っています。

この喜びを伝えたい。それは神様を知ることであって、宗教団体のメンバーになることではありません

かつて、私にこの喜びを伝えてくれた人がいたように、私もまた皆さんにこの喜びを知っていただきたいと思っています。それはキリスト教徒になることではありません。何かの宗教団体のメンバーになることでもありません。これまで日本人がすでに信じて、崇めてきた神様を、もう少し知ることだと思います。

それは外国の神様ではありません。私たち日本人の神様です

忙しい毎日だからこそ、混迷を深める社会情勢だからこそ、どうぞ神様にもっと心を向けてください。私がかつてしたように、皆さんも「神様。」と呼びかけてみてください。私もそうだったように、神様が分かるようにお祈りしています。