【日本近現代史】南京大虐殺と教科書問題

南京大虐殺は本当にあったのか。それは捏造であった。すでに多くの人が認識していることなのかもしれません。歴史を正しく知ることはとても重要なことだと考えさせられています。今日は「高校生のためのおもしろ歴史教室」というサイトの「南京事件」という項から、ところどころご紹介させていただきます。

民間人は殺さない

戦国時代は日本国内で日本人同士が戦争をした。しかし、それは「武士の戦争」だった。「武士の戦争」はヨーロッパや中国とは異質である。何が違うのか。一言でいえば、民間人にはほとんど関係がなかったことだ。日本の都市に城壁がないことはそれを象徴している。武士の時代の日本では、戦争で城主、その町の統治者が変わることはあっても、民間人を巻き込んで絶滅させるような戦争がおこなわれることはなかった。

南京大虐殺はなかった

これが日本の武士道精神であり、民間人を虐殺するという発想そのものが日本にはないのです。しかし、中国やアメリカの行動パターンにはあります。このこと一つとっても南京事件(南京大虐殺)はなかったと気づくべきでした。

教科書問題

ほとんどの日本人は、学校やテレビの伝える歴史以外に、詳しい歴史を学ぶことはしません。教科書に書かれていることだから、テレビの言うことだから、日本のほとんどすべての歴史学者の言うことだから真実ではないかと思うでしょう。しかし、この教科書の内容は、全てうそで固められています。警察官の個人の犯罪を警察官全体の組織犯罪とすることは間違いです。同じように例外的な個々の事象を針小棒大に取り上げて歴史を組み立てることは本当の歴史ではありません。そのような歴史はこの教科書の記述のように、大筋や流れは、全てうそです。日本の歴史教科書は、国際的な共産主義運動の思想宣伝であるコミンテルン史観にもとづく歴史観でつらぬかれています。

なぜこうなったのか


日本の歴史教科書がコミンテルン史観にもとづくということは、日本の歴史者のほとんどが、史的唯物論にもとづく歴史学者であるということです。なぜこうなったかは、アメリカ占領軍が日本を解体化し、日本をアメリカの奴隷国家とするための直接計画である戦争犯罪宣伝計画により、東大、京大のトップが共産主義者で占められたことによります。後継者を自分と同じ思想傾向の人にするのは、組織の常識です。いまだに、戦争犯罪宣伝計画にしばられているのです。さらには、戦前からの隠れ共産主義者の存在もあなどることはできません。

真実を知ること

従軍慰安婦問題にしても、南京事件にしても、大東亜戦争の真実にしても、嘘がまかり通り、日本人の大半が自虐史観から目覚めることができないで、中国や韓国のいわれるままに信じてしまっています。繰り返しますが、今なお韓国や中国の主張をそのまま信じて教えてしまっている日本の学校での洗脳教育により嘘が再生産され、日本がどんどん解体していっているのです。人は誇りを失えばどんどん劣化してゆきます。かつての地上の楽園であった日本がどんどん落ちていっているのです。若者の自殺者が非常に多い国になってしまったようですが、日本人が誇りを取り戻し、大和魂にめざめ、武士道の精神を取り戻すことによりこの問題も解決すると信ずるものです。 (サイトからの引用は以上です。)

日本人の心

私もまた日本人の心を取り戻すことの大切さをお伝えしておりますが、このサイトの著者の主張に共感します。同時に、日本人の心を取り戻すために、正しく歴史の事実を知ることの大切さを感じさせられています。学校の教育を鵜呑みにするのではなく、歴史を自分で調べてみること。この方のサイトもとても勉強になっています。

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本の文化、伝統、習慣、価値観、国民性のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を開く時、そこに日本人の心を発見することになるでしょう。

新約聖書 使徒行伝 14章1~7節

ふたりは、イコニオムでも同じようにユダヤ人の会堂にはいって語った結果、ユダヤ人やギリシヤ人が大ぜい信じた。ところが、信じなかったユダヤ人たちは異邦人たちをそそのかして、兄弟たちに対して悪意をいだかせた。

それにもかかわらず、ふたりは長い期間をそこで過ごして、大胆に主のことを語った。主は、彼らの手によってしるしと奇跡とを行わせ、そのめぐみの言葉をあかしされた。

そこで町の人々が二派に分れ、ある人たちはユダヤ人の側につき、ある人たちは使徒の側についた。その時、異邦人やユダヤ人が役人たちと一緒になって反対運動を起し、使徒たちをはずかしめ、石で打とうとしたので、ふたりはそれと気づいて、ルカオニヤの町々、ルステラ、デルベおよびその附近の地へのがれ、そこで引きつづき福音を伝えた。

イコニオム、ルカオニア、ルステラ、デルベ

それは現在のトルコにあたる地域です。パウロとバルナバはそこで神の国について、イエスの教えについて語ったのでしょう。それは「福音」、つまり「良い知らせ」とも記されています。

二派に分れた

そこにもユダヤ人だけではなく、ギリシヤ人もいました。パウロの話を受け入れ、自己中心、人間中心を退け、神に立ち帰った多くの人々がいたと記されています。それが「信じた」という言葉の意味だと思います。決してユダヤ教徒になったということではありませんし、キリスト教徒になったということでもないでしょう。

信じなかったユダヤ人

しかし、ユダヤ人の中にはパウロの話を受け入れなかった人々もいました。彼らはユダヤ教徒であることにこだわったのではないでしょうか。彼らは異邦人をもそそのかして、パウロやバルナバ、またその教えを受け入れた人々に対して悪意を抱かせるような様々なデマを流したということではないでしょうか。宗教はこのように悪意と分裂を生み出す危険性を持っているように思います。しかし、イエスの教えはそういうことではありませんでした。そのことを日本人はよく分かっているように感じます。

いかがでしたか

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」

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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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