どれだけ神様に頼っていますか

もっと神様に頼りましょう

同じ日本人でも、人によって、どれくらい神様に頼っているのかには違いがあるだろうと思います。1つ言えることは、神様に頼れば頼るほど、その分だけ不安が少なくなるということだと思います。どうぞ制限をつけずに生活のあらゆる領域において、もっともっと神様を意識して、もっともっと神様に頼ることを皆様にお勧めしたいと思います。

いつも神様が一緒にいることを知ってください

それはたとえて言えば、親が一緒についていれば、どんな小さい子供でも何の心配をすることもなく、飛行機に乗って、初めての海外旅行でも行くことができるということだと思います。でも、親が一緒についているにも関わらず、本人がそのことを知らないで、自分は一人なんだと思っていたら、すごい不安でしょうね。旅行を諦めてしまうかもしれません。私は皆さんにそんな人生を送って欲しくないと思っています。

神様は一緒にいますよ。大丈夫ですよ

でも、目に見える親は一緒にいることを確認しやすいですが、目に見えない神様が一緒にいてくれることをどれだけリアルに意識することができるか、それによって、不要な心配をしないで済むようになる訳ですが、私が自分の経験から皆さんにぜひお伝えしたいことは、神様は一緒にいますよ。大丈夫ですよということです。

神様をいつも意識はしていませんでした

私のことについて言えば、幼い頃から初詣には行っていましたし、神社でお参りすることもありました。神様に手を合わせて、災いがありませんようにと祈る時には、心からそのようにお祈りしていたと思います。でも、毎日の生活の中で、どれくらい神様を意識していたかと言うと、ほとんど意識していなかったと思います。皆さんはいかがでしょうか。

神様を身近に意識するために、祈ることをお勧めします

神様をいつも意識するために、いつも祈ることをお勧めいたします。今、私は毎朝神様に祈り、食事のごとに祈り、何かあるごとに祈り、神様がいつも一緒にいてくれることをずいぶん意識できるようになりました。朝、どのように祈っているのか、皆さんの参考のために少し書いてみたいと思いますが、まず、神様をほめたたえます。ほめたたえると言っても何も美辞麗句を並べる訳ではありません。神様は崇められるべきお方ですから、神様、あなたを心から崇めます、と申し上げます。そして、神様の恵みに感謝し、神様がいつも守ってくださっていること、導いてくださっていることを感謝します。

もちろん祈る、祈らないで神様が変わる訳ではありません

このように祈るから神様は私を守ってくださるということではありません。私が祈らなくても神様は私を守ってくださっています。それが神様です。しかし、このように祈ることで、神様がいつも私と一緒にいて、私を守ってくださっていること、私を導いてくださっていることを私が意識することができるということです。

神様が意識できると、私たちは変わります

神様を忘れてしまうと、私は物事がうまく行っている時には、それは私が有能だからだと有頂天になり、うまく行かない時には、もう駄目かもしれないと悲観的になってしまうでしょう。でも、すべての点において神様を意識することができれば、物事がうまく運んでいる時には、私の力ではなく、神様が守ってくださっているという感謝の気持ちになりますし、なかなかうまく行かない時にも、自分ではうまくいかないと思ってるけど、神様が守って導いてくださっているのだから、これでも大丈夫と思うことができます。

神様は「天のお父様」です

神様は私たちの手の届かない遠いところにおられるのではなく、いつも私と一緒にいてくださいます。私を愛して、私を守って、私を導いてくださっています。人となった神様であるナザレのイエスは今から2千年前、私たちは神様を「お父さん」と呼んでいいんだよと教えてくださったことが聖書の中に記録として残されています。どうぞ、「天のお父様。あなたを崇めます。いつも私と共におられ、私を守り、私を導いてくださっていることを感謝します。」と祈って、目に見えない神様を、今ここにおられる「天のお父様」として、意識して歩んでください。

別にキリスト教徒にならなくても良いのです

このブログをお読みくださっている方には、もう何度も書いてきましたが。それはクリスチャンになるとか、何かの宗教をやるということとは関係がないということです。今、確かに神様はあなたと共におられるということです。私はこのことを皆様にお伝えしたいのです。