【日本とイスラエル】ミッドウェイ海戦

書籍「失われた十部族の足跡」

日本とイスラエルに関連する内容について、アビグドール・シャハン著「古代日本に辿り着いたユダヤ人・失われた十部族の足跡~イスラエルの地から日本まで」からご紹介いたします。

日本軍の情勢の悪化

1942年半ば、アメリカ軍航空機による攻撃で日本海軍が壊滅的な打撃を受けたミッドウェイ海戦の敗北を機に、日本軍の情勢は悪化し始める。1945年春、アメリカ軍は日本軍からフィリピンを奪還する。この時点ですでに日本の敗戦は決定的となり、問題はどの程度の犠牲を払って戦争を終わらせるのかという点のみであった。

広島への原爆投下

アメリカは4年の間全力で日本と戦った。しかし天皇や国土に対して、強い誇りを抱く日本人を降伏に追い込むことはできなかった。そこでアメリカは1945年5月6日午前8時15分、織物、化学、合成石油、航空などの産業を持つ広島の町に最初の原子爆弾を投下した。このたった一つの爆弾でおよそ8万人が一瞬で殺され、7万人が瀕死の重傷を負った。広島市中心地の直径3.5キロメートルの円内の建物は16世紀に建てられた町のシンボルであった広島城を含めて、全て壊滅した。

長崎への原爆投下

アメリカ人は日本人に降伏を考える猶予さえ与えず、その三日後の8月9日には二つ目の原子爆弾を港町である長崎に投下した。この爆弾で死亡した人の数は約7万5千人であった。

日本の降伏

人類がそれまで経験したことのない兵器によって、二つの町がその住民らと共に地上から消滅した時、日本は1945年9月2日、戦勝国が天皇陛下とその神聖な権威を基盤とした国体とを傷つけないという、ただ一つの条件をつけた降伏文書を提出した。

守られなかった唯一の条件

占領者はその条件を尊重すると約束し、敗者は降伏文書に署名した。しかし実際は、占領者たちはその条件を尊重しなかった。アメリカ軍が占領軍として敗戦国日本に入って以来、全ての権限は連合国軍最高司令官であるダグラス・マッカーサー将軍に与えられた。マッカーサーは日本国民に、天皇の権威の神聖さを否定し、主権が国民にあることを明記した新しい「民主的憲法」を制定させた。アメリカ人はこれだけで満足せず、日本人が古来伝えてきた伝承を消し去り、天皇の神聖な権威の源となっていた国教としての神道の地位をはく奪した。

世界史に例のない行為

占領者は被占領国の法律を決めることができる。しかし生活様式である憲法を他民族に強要するなどということは、世界史に例がない。それ以上に、2700年近くも日本民族がその民族的、宗教的象徴として守り、世界に類のない家系を紡いできた天皇の神聖な権威を否定するなどということは、あらゆる民族の道徳的、人道的価値観に反する行為である。

民族の魂の記憶

アメリカ人は真珠湾攻撃の報復として、二つの原子爆弾で日本民族に国家的大打撃を与えただけでは飽き足りず、日本民族の象徴である天皇の神聖さを侵害して、その民族魂を根本から骨抜きにしようと決めたのである。しかしどのような憲法を強要したとしても、民族の魂の記憶を完全に消し去ることなどできない。ポスト・ホイーラーはその著書『日本人の神聖な聖典』の中で次のように書いている。「日本人の教育では、神は今もとても現実的存在として地上に存在する。聖なる王である神武天皇から数えて123代目、20世紀の君主ヒロヒトの血液の中には、神聖で神秘的な実在が流れているのである。」(本からの引用は以上です。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本人の文化、伝統、歴史、国民性のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を開く時、そこに古くて新しい発見があることでしょう。

新約聖書 使徒行伝 3章1~10節

さて、ペテロとヨハネとが、午後三時の祈のときに宮に上ろうとしていると、生まれながら足のきかない男が、かかえられてきた。この男は、宮もうでに来る人々に施しをこうため、毎日、「美しの門」と呼ばれる宮の門のところに、置かれていた者である。

彼は、ペテロとヨハネとが、宮にはいって行こうとしているのを見て、施しをこうた。ペテロとヨハネとは彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。彼は何かもらえるのだろうと期待して、ふたりに注目していると、ペテロが言った、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。

こう言って彼の右手を取って起してやると、足と、くるぶしとが、立ちどころに強くなって、踊りあがって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神をさんびしながら、彼らと共に宮にはいって行った。

民衆はみな、彼が歩き回り、また神をさんびしているのを見、これが宮の「美しの門」のそばにすわって、施しをこうていた者であると知り、彼の身に起ったことについて、驚き怪しんだ。

午後三時の祈

午後三時の祈と呼ばれる祈りの時間がユダヤ人の風習にはあったのでしょう。ペテロとヨハネはエルサレムの神殿に上ったとあるように、彼らはユダヤ人であったので、ユダヤ教の習慣に従って生活をしていたことが分かります。イエスの教えに従い、自己中心を退け、神に立ち帰って、神を中心とした生活をすることは、ユダヤ人にとって、ユダヤ教の習慣を捨てることを意味しなかったということだろうと思います。

わたしにあるものをあげよう

ここには生まれながらに足のきかなかった男がたちどころに歩き回ったり、踊ったりするようになったということが記されています。事実の記録であるとするなら、かつてイエスを通して神の超自然的な力が働いていたように、ペテロとヨハネを通しても神の力が働いていたということだと思います。また、この癒された男はペテロとヨハネではなく、神をさんびしたと記されています。これはペテロとヨハネの力ではなく、神の力だと理解していたということではないでしょうか。

いかがでしたか

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」

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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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