幼児期に身に付けさせたい5つの資質

子供に善悪に基づいた5つの資質を身に付けさせる

金曜日のテーマは「子供の教育」です。私は幼児期から子供に善悪を身に付けさせることが大切だと思います。善悪の具体的な内容について、先週「従順」について書きましたが、その他に「正直」、「思いやり」、「謙遜」、「勤勉」が大切な資質だと思います。これらの資質を身に付けさせることは決して親の都合ではありません。これは神様が私たち人間に願っておられる資質だと思います。人はこれらの資質を身に付けることによって、神様に喜ばれ、人からも喜ばれ、子供自身が幸せな人生を実感して生きることができるようになると思います。

正直であることは良い事だと思います

まず、「正直」とは嘘をつかないことです。人は自分に都合が悪いことがあると嘘をつきたくなると思います。でも、それは悪いことだと子供に教えることは大切な教育だと思います。また、子供は大人が喜ぶと嘘の話をすることもあります。可愛いと言っていてはいけないと思います。それは悪い事だから止めなさいと教えるべきだと思います。子供は生まれながらに、それは悪いことだということを知っていると思います。神様が人間をそのように造られたからだと思います。でも、悪いと分かっていても嘘をつくことは誰にでもあると思います。その時に、そのままにしておくと子供の良心が麻痺してきてしまうと思います。その都度、それは悪い事だと指摘して止めさせることが大切だと思います。そうやって子供の良心は強められて行くと思います。

子供の良心を強める教育

大切なことは親が怖いから嘘をつかないということではなく、それは悪い事だからしないという自制心を育てることだと思います。そのために心がけることは、子供の良心に話しかけることだと思います。嘘をついた時に、その都度、それは良い事ですかと子供に問いかけることだと思います。そして、子供自身がそれはいけないことであり、神様に喜ばれないことだということを認めて、ごめんなさいと謝り、もうしないと決意させることだと思います。また、嘘をつくかもしれません。もちろん1回で身に付く訳ではないと思います。でも、その都度、例外なく子供の良心と向き合うなら、子供は嘘をつきたい誘惑があっても、それに打ち勝つことができる子供になると思います。それは放っておいて自然になる訳ではありません。親が子供を愛して、神様の願いを中心にして生きる子供に育てることだと思います。それでは、今日も聖書の続きを読んで、私が考えたことを書いてみます。神様を中心とした生活の参考にしてみてください。

 

新約聖書 ルカの福音書16章19~31節

ある金持ちがいた。いつも紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。ところが、その門前にラザロという全身おできの貧しい人が寝ていて、金持ちの食卓から落ちる物で腹を満たしたいと思っていた。犬もやって来ては、彼のおできをなめていた。さて、この貧しい人は死んで、御使いたちによってアブラハムのふところに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、アブラハムが、はるかかなたに見えた。しかも、そのふところにラザロが見えた。彼は叫んで言った。『父アブラハムさま。私をあわれんでください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で、苦しくてたまりません。』 アブラハムは言った。『子よ。思い出してみなさい。おまえは生きている間、良い物を受け、ラザロは生きている間、悪い物を受けていました。しかし、今ここで彼は慰められ、おまえは苦しみもだえているのです。そればかりでなく、私たちとおまえたちの間には、大きな淵があります。ここからそちらへ渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらへ越えて来ることもできないのです。』 彼は言った。『父よ。ではお願いです。ラザロを私の父の家に送ってください。私には兄弟が五人ありますが、彼らまでこんな苦しみの場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』 しかしアブラハムは言った。『彼らには、モーセと預言者があります。その言うことを聞くべきです。』 彼は言った。『いいえ、父アブラハム。もし、だれかが死んだ者の中から彼らのところに行ってやったら、彼らは悔い改めるに違いありません。』 アブラハムは彼に言った。『もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たといだれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。』」

死んだらどうなる?

金持ちもラザロも死にましたが、死後に行ったところは全く違いました。アブラハムとはイスラエル民族の父祖であり、信仰の父と呼ばれる人でした。父祖たちは天国のようなところにいると考えられていました。ハデスとは地獄のようなところですね。この金持ちはハデスの炎の中にいましたが、燃えて死ぬのではなく、苦しみ続けているようです。この金持ちが死んで地獄のようなところにいたのは、決して金持ちだったからではなく、そのお金を自分の快楽のためにだけ使って、貧しい人に対して全く憐みの心を持っていなかったからではないでしょうか。

天国と地獄。悪に打ち勝って正しく生きる報いは大きいと思います

天国や地獄について、人はどのように考えているのでしょうか。正しく生きた者は天国に入り、悪を行った者は地獄に入る。聖書はそう教えているように思いますが、太古の昔から日本人はそのことを知っていたように思います。聖書を知っていたからだと思います。神様の前に正しく生きることは、生きている間に幸せな人生を送ることができるだけでなく、死後の永遠も決めてしまうことになるのではないでしょうか。人は悪いと分かっていても、悪に流される弱さはあると思います。でも、悪に打ち勝って、正しく生きる意義は大きいと思います。