【日本人と日本文化】日本の良さを自覚することの大切さ

寿司を握る職人の手

「日本人のよい習慣は、海外とあまりに違うため、海外の習慣に覆われてしまうのです。自分たちが積み重ねてきたものを実践しても通じなかったり、挫かれたりするうちに、だんだんとその国の習慣に合わせてしまいがちです。」と語るのは日本在住24年(執筆当時)、ハワイ出身のアメリカ人ルース・ジャーマン・白石さん。彼女の著書「日本人が世界に誇れる33のこと」から紹介します。

その象徴的なエピソードを聞きました

ニューヨークで世界一の寿司屋を開きたいという夢をもって渡米した、日本人社長がいました。人通りの多い一等地にお店を構え、日本から一流の寿司職人を連れてきてオープン。最初は大繁盛して、彼は念願叶ったと喜んでいたのですが、一年半ぐらいすると、味のわかる日本人客から「味が落ちた」と言われるようになってしまったそうです。

このままでは客が来なくなってしまう

彼は原因を探りました。そこでわかったことは、「日本の寿司職人は、細部にわたってこだわりをもち、おいしい寿司を握ることに全身全霊をかけ、神経をとぎすませて取り組む。しかし、彼らも店から一歩外へ出たら『外国人』である。外国人扱いされればされるほど、自分たちのこだわっていたものは何だったのかと疑問を抱くようになり、本人たちが気づかないところで、無意識のうちに、少しずつ、日本のこだわりが薄れてきた結果、味のクオリティが落ちてきたのではないか」ということでした。

日本にある「何か」を自覚すること

そう考えた社長は、日本から採用する寿司職人を一年ごとに変えることにしたそうです。なんとも皮肉な話ですが、こうした例はレアケースではないと思います。ですから、海外にはなく、日本にある「何か」を自覚することが、日本のみなさんにとって大きな作業なのかもしれません。(本からの引用は以上です。)

理解されない環境の中で

日本人の高い国民性はその価値を理解できる日本文化の中で継承され、また維持されているという面があるのでしょう。もちろん、日本人の高い国民性は普遍性を持つ価値観であり、全人類に共有されるべき文化だと思いますが、そのギャップがあまりに大きいと、日本人でも低きに流れてしまう傾向はあり得ると思います。

戦後の欧米文化礼賛の風潮の中で

ましてや戦後の欧米文化礼賛の中で、日本文化に対して自虐的な思いを持っているとすれば、その傾向はなおさら強くなるでしょう。ルースさんのご指摘に耳を傾けるべきだと私は思います。

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。日本人の高い文化、国民性は聖書に遡ることができると思います。キリスト教や宗教とは切り離して、日本人として聖書を読んでみてください。それは普遍性をもった価値観だと思います。

新約聖書 マルコによる福音書 15章16~25節

兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の内に連れて行き、全部隊を呼び集めた。そしてイエスに、紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、「ユダヤ人の王、ばんざい」と言って敬礼をしはじめた。

また、葦の棒でその頭をたたき、つばきをかけ、ひざまずいて拝んだりした。こうして、イエスを嘲弄したあげく、紫の衣をはぎとり、元の上着を着せた。それから、彼らはイエスを十字架につけるために引き出した。

そこへ、アレキサンデルとルポスとの父シモンというクレネ人が、郊外からきて通りかかったので、人々はイエスの十字架を無理に負わせた。そしてイエスをゴルゴタ、その意味は、されこうべ、という所に連れて行った。

そしてイエスに、没薬をまぜたぶどう酒をさし出したが、お受けにならなかった。それから、イエスを十字架につけた。そしてくじを引いて、だれが何を取るかを定めたうえ、イエスの着物を分けた。イエスを十字架につけたのは、朝の九時ごろであった。

イエスの十字架

不正な裁判の末、何の罪もないイエスが十字架につけられる。それは祭司長、律法学者といったユダヤ教指導者たちのねたみであり、彼らの自己中心のゆえであったことは明らかです。少なくとも聖書にはそのように記されていると思います。神様がおられるというなら、どうしてこのような不正が許されるのでしょうか。しかし、これが神様の計画であったと聖書は言っており、イエスもそのように受け取ったと記されています。

神様の計画を受け入れる

神様には私たちの思いを越えた計画があり、時に私たちはその計画の一部を知ることが許されますが、全てを知ることはできないということも受け入れる必要があると思います。それでも神様の思いや願い、神様の計画を中心にして生きること。それが私たちの生きる道であり、最善だということだと思います。

いかがでしたか

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本書の目次

一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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