【日本とイスラエル】日本占領

書籍「失われた十部族の足跡」

日本とイスラエルに関連する事柄について、アビグドール・シャハン著「古代日本に辿り着いたユダヤ人・失われた十部族の足跡~イスラエルの地から日本まで~」からご紹介いたします。

古代日本を目指したイスラエル

北ルートを取った人々は、夏には焼け付く砂、冬の夜中には凍りつく寒さなど、道中多くの困難と出会いながらも、南ルートの兄弟たちよりも数百年早く目的地に到達していた。南ルートのうち生き残った者たちが、日本の対岸、朝鮮半島に到着したころには、北ルートの兄弟たちは、すでに日の昇る国にしっかりと根付いて支配しており、新しく到着した者たちの苦境を見て援助をしてくれた。

最初の者たち

北ルートを採った十部族の軍勢の最初の者たちは、日本神話に登場する人物スサを隊長とする先遣隊と共に、紀元前660年ごろに日本に到着したと思われる。もしこの中に、幼少期か青年期にアッシリアによる捕囚を体験した者がいたとすれば、そのころすでに70~80歳になっていたであろう。

天皇家の設立

スサの孫が短期間支配したが、その後列島の一部の支配は、スサの姉妹であるアマテラスの孫の手に移った。新支配者は、この支配権の譲り受けをきっかけにして、新天地の占領と定住を本格化させた。彼の後、紀元前585年頃、神武という指導者を先頭に、北ルートの大軍勢が老人、女性、子供たちを引き連れてやって来た。彼は日本全土を占領し、日本の天皇家を設立した。ここまでは全て、日本に押し寄せてきた十部族の第一波である。

古事記、日本書紀に記されているイスラエルの痕跡

彼らの歴史、物語、島の占領、占領した地域を、彼らの故郷であるイスラエルの地の地名で呼んだことなどは、神話的な雲霧に包まれて、日本の古代伝承の中に織り交ぜられている。日本の古代書である古事記と日本書紀では、この時代のことを「神代の時代」と呼ぶ。しかし「神」と呼ばれる者たちも、その性質は人間そのものである。彼らは人間と同じように小さな喜びを喜び、そして時には人間同様死んでしまう。彼らは、神話によれば「天」から降って来た最初の人々なのである。彼らがそこからやって来たという「天」には、陸地も山々もある。つまりこの「天」は非常に地上的なのである。(本からの引用は以上です。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本人とイスラエル人の共通のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を読んでみてください。

新約聖書 ルカによる福音書 19章28~40節

イエスはこれらのことを言ったのち、先頭に立ち、エルサレムへ上って行かれた。そしてオリブという山に沿ったベテパゲとベタニヤに近づかれたとき、ふたりの弟子をつかわして言われた、「向こうの村へ行きなさい。そこにはいったら、まだだれも乗ったことのないろばの子がつないであるのを見るであろう。それを解いて、引いてきなさい。もしだれかが『なぜ解くのか』と問うたら、『主がお入り用なのです』と、そう言いなさい」。

そこで、つかわされた者たちが行って見ると、果して、言われたとおりであった。彼らが、そのろばの子を解いていると、その持ち主たちが、「なぜろばの子を解くのか」と言ったので、「主がお入り用なのです」と答えた。そしてそれをイエスのところに引いてきて、その子ろばの上に自分たちの上着をかけてイエスをお乗せした。

そして進んで行かれると、人々は自分たちの上着を道に敷いた。いよいよオリブ山の下り道あたりに近づかれると、大ぜいの弟子たちはみな喜んで、彼らが見たすべての力あるみわざについて、声高らかに神をさんびして言いはじめた、

「主の御名(みな)によってきたる王に、祝福あれ。天には平和、いと高きところには栄光あれ」。

ところが、群衆の中にいたあるパリサイ人たちがイエスに言った、「先生、あなたの弟子たちをおしかり下さい」。答えて言われた、「あなたがたに言うが、もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」。

神をほめたたえる弟子たち

いよいよエルサレムが目前に迫って来ました。不思議なことですが、イエスに指示された村に行くと、そこには言われた通り子ろばがおり、それをイエスのもとに連れて来ることができました。イエスがその子ろばに乗られると、弟子たちはみな喜んで、これまで見たイエスの力あるわざについて、大声で神をほめたたえました。いよいよエルサレムでイエスが王となり、ローマの支配から解放してくれるものだと期待したのかもしれません。

真の王

弟子たちがイエスを王と呼ぶと、パリサイ人たちは弟子たちを止めさせるようにと言いました。彼らはローマ人の目を恐れたのかもしれません。ローマへの反抗と受け止められるのではないかと恐れたのではないでしょうか。しかし、これは正しいことだとイエスは言われました。イエスこそ真の王だということでしょう。しかし、それは弟子たちが考えるような、イスラエルをローマから解放する王ではありませんでした。

いかがでしたか

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2018年6月11日(月)タピ大決定!

「古代史に見る日本人とユダヤ人の不思議な関係」シリーズの第4回目です。今回は「古代ユダヤ人ゆかりの地を巡る旅~伊勢神宮・京都太秦」と題して、昨年12月23日~31日に訪れた伊勢志摩、京都太秦の旅の報告です。道の駅情報もお伝えします。お近くの方はぜひお出で下さい。詳しくは固定ページをご覧ください。

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」

投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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