【日本とイスラエル】「高校生のための面白歴史教室」というサイトを見つけました

「秦氏」がもともといたと考えられる「クンユエ」という小国についてネットで検索して調べていたら、「高校生のための面白歴史教室」というサイトを見つけました。

とても共感しました!

私がこのブログで紹介している内容とほぼ同じ内容でしたので、イスラエル、日本に関連するタイトルの記事をいくつか読んでみると、日本と日本人に対する考え方も同じ方向性を感じ、とても共感しました。冒頭にはこのように書かれています。

公立高校の歴史教育を担当して30年になります。(平成18年8月18日)その間あつめたおもしろい資料、写真、お話を「日本史の部屋」「世界史の部屋」「余話の部屋」にわけて公開する予定です。・・・日本を愛せない教育をしている今の歴史教育や歴史学の常識に強い危機感をもっていることを付け加えておきます。

私も同感です!

この方は歴史教師として、日本を愛せない教育をしている今の歴史教育に強い危機感を感じていると書いていらっしゃいます。それで日本を愛せる教育をしたいという動機がその根底にあることを感じます。私も同感です。

日本の素晴らしさを知って欲しい!

私が「日本人の信仰と聖書について考える会」を始めて3年になろうとしていますが、私がこの会を始めた動機もまた日本の素晴らしさを知って欲しいということが根底にあります。

高い日本の文化、日本人の国民性

私の場合は日本の歴史教育からそのように考えるようになった訳ではありませんが、日本の文化、日本人の国民性は世界から高く評価されることが多く、実際に諸外国を訪れてみると、そのことを深く実感します。にもかかわらず、私を含め、日本人は日本と日本人を諸外国、特に欧米と比べて低く評価しているのはなぜなのだろうというのが出発点でした。

敗戦と戦後教育

きっとその理由は敗戦と戦後教育に隠されていると考え、最初に調べたのが「東京裁判」についてでした。そこで知ったのが、有名なパル判事の「日本無罪論」でした。やはりそうだったのかと思ったことを思い出しました。この方の記事にもそれに関することがあるので、少しずつ紹介したいと思います。

連絡をお待ちしております

ただこの方のサイトには著者の連絡先がなく、コメント欄もないので、この方と連絡を取りたいのですが、取れないでおります。この著者ご自身が私のブログを読んでくださって、連絡をいただければと願って、このブログを書いております。連絡をお待ちしております。

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本の歴史のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を開くとき、そこに古くて新しい発見があることでしょう。

新約聖書 ヨハネによる福音書 8章21~30節

さて、また彼らに言われた、「わたしは去って行く。あなたがたはわたしを捜し求めるであろう。そして自分の罪のうちに死ぬであろう。わたしの行く所には、あなたがたは来ることができない」。

そこでユダヤ人たちは言った、「わたしの行く所に、あなたがたは来ることができないと、言ったのは、あるいは自殺でもしようとするつもりか」。

イエスは彼らに言われた、「あなたがたは下から出た者であるが、わたしは上からきた者である。あなたがたはこの世の者であるが、わたしはこの世の者ではない。だからわたしは、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬであろうと、言ったのである。もしわたしがそういう者であることをあなたがたが信じなければ、罪のうちに死ぬことになるからである」。

そこで彼らはイエスに言った、「あなたは、いったい、どういうかたですか」。イエスは彼らに言われた、「わたしがどういう者であるかは、初めからあなたがたに言っているではないか。あなたがたについて、わたしの言うべきこと、さばくべきことが、たくさんある。しかし、わたしをつかわされたかたは真実なかたである。わたしは、そのかたから聞いたままを世にむかって語るのである」。

彼らは、イエスが父について話しておられることを悟らなかった。そこでイエスは言われた、「あなたがたが人の子を上げてしまった後はじめて、わたしがそういう者であること、また、わたしは自分からは何もせず、ただ父が教えて下さったままを話していたことが、わかってくるであろう。わたしをつかわされたかたは、わたしと一緒におられる。わたしは、いつも神のみこころにかなうことをしているから、わたしをひとり置きざりになさることはない」。

これらのことを語られたところ、多くの人々がイエスを信じた。

わたしは去って行く

それは間もなく十字架につくことを言っていたのかもしれません。いずれにしても、イエスはいつまでも人々に語り続けるのではない。間もなく去って行く。イエスの言葉を受け入れず、神に立ち返らず、人間中心、自己中心に生き続けるなら、その罪のうちに死ぬことになるとイエスは人々に警告したのでしょう。

わたしは上からきた者

イエスの教えは人間中心ではなく、神中心であることを言っているのではないでしょうか。イエスは単に人間の欲望をかなえるためではなく、本来の人間の姿、それは神によって、神のために造られた姿に立ち返って生きることこそが、人間の喜びであり、神の喜びであるということを教えたのだと思います。

多くの人々がイエスを信じた

それはキリスト教徒になったということではないでしょう。彼らはイエスの教えを受け入れたということだと思います。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち返って生きる者となった。それが救いであり、永遠の命であることを深く知ることが大切だと思います。

いかがでしたか

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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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