【日本とイスラエル】天皇家とイスラエル民族

以前に私のブログやタピ大でもお話ししたことがありますが、古事記と聖書には共通した話が出て来ます。これは何を意味しているのか。「聖書と日本フォーラム」2019年3月号のニュースレターに久保有政氏がこのことについて詳しく書いていましたのでご紹介いたします。

ニニギとエフライム

天皇家は、天孫民族の父祖ニニギから生まれた子孫である。一方、エフライム(北イスラエル十部族のうちの一つで王族)は、神の選民イスラエル民族の父祖ヤコブから生まれた子孫である。

オシホミミとエサウ

日本神話によれば、はじめ天から降りるはずだったのはニニギではなく、別の者(オシホミミ)だった。ところが、彼が準備をしている間にニニギが生まれたので、結局彼に代わってニニギが降りることになった。・・・同様に聖書によると、はじめ神の民となるはずだったのはヤコブではなく、彼の兄(エサウ)だった。しかし結局、神の民の祝福はヤコブに引き継がれ、ヤコブがイスラエル民族の父祖となった。

コノハナサクヤヒメとラケル

また日本神話においてニニギは、天から降りてくると、美女コノハナサクヤヒメに恋をして彼女を妻にしようとする。ところが、彼女の父はニニギに、彼女だけではなく、彼女の姉の面倒も見てやってくれという。・・・同様に聖書によれば、ヤコブは美女ラケルに恋をして彼女を妻にしようとする。ところが彼女の父は、妹を姉より先にとつがせることはできないから姉(レア)も妻にしてやってくれと、ヤコブにいう。

山幸彦とヨセフ

またニニギは、妻コノハナサクヤヒメとの間に、山幸彦(ホオリ)を生む。ところが山幸彦は、兄(海幸彦)にいじめられ、海神の国へ行く。そこで山幸彦は神秘的な力を得、田畑を凶作にして兄を悩ませるが、そののち兄の罪を赦す。同様に聖書においてヤコブは、妻ラケルとの間に、ヨセフを生む。ところがヨセフは兄たちにいじめられ、エジプトに行く。ヨセフはそこでエジプトの宰相の地位にまで上りつめて力を持つが、兄たちが凶作のために苦しんでエジプトにやって来たとき、彼らを助け、その罪を赦す。

ウガヤフキアエズとエフライム

また山幸彦は、海神の娘(トヨタマヒメ)をめとり、その間にウガヤフキアエズを生む。ウガヤフキアエズには四人の息子が生まれる。四人のうち、二番目と三番目の子は別の所へ行き、いなくなってしまう。四番目の息子が神武天皇で、大和の国を征服する人となる。神武天皇の流れを汲んでいるのが日本の皇室である。一方、聖書ではどうであろうか。ヨセフは、エジプトの祭司の娘をめとり、その間にマナセとエフライムを生む。このエフライムが、日本神話のウガヤフキアエズに似ている。というのは、エフライムには四人の息子が生まれる。四人のうち、二番目と三番目の子は早死にしてしまう。四番目の子孫としてヨシュアが生まれ、ヨシュアはイスラエル民族を率いてカナンの地(イスラエル)を征服する。

天皇家とイスラエルの系図

このように系図をみれば、ニニギとヤコブの間に、山幸彦とヨセフの間に、またウガヤフキアエズとエフライム族との間に、明確な相似関係が見られる。名称はたくみに変えられているものの、骨子は全くと言っていいほど同じである。つまり、わかる者にはわかるように、わからない者にはわからないようになっている。日本神話は、もともと天皇家がヤコブ―ヨセフ―エフライムの子孫であることを示す系図だった。(ニューレターからの引用は以上です。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本の文化、伝統、風習、国民性のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を開くとき、そこに古くて新しい発見があることでしょう。

新約聖書 使徒行伝 1章1~5節

テオピロよ、わたしは先に第一巻を著わして、イエスが行い、また教えはじめてから、お選びになった使徒たちに、聖霊によって命じたのち、天に上げられた日までのことを、ことごとくしるした。

イエスは苦難を受けたのち、自分の生きていることを数々の確かな証拠によって示し、四十日にわたってたびたび彼らに現れて、神の国のことを語られた。そして食事を共にしているとき、彼らにお命じになった、「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい。すなわち、ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によって、バプテスマを授けられるであろう」。

神の国

ここにもイエスの十字架の死、そして復活は教えではなく、事実であると記されています。復活したイエスは四十日間地上にいて、その証拠を示し、神の国のことを語られたとあります。それは神が中心となり、すべてを支配する国ということであり、イエスが生きている間も、また復活した後にも語ったことは宗教ではなく、神を中心とした生き方のことであったことが分かります。

聖霊のバプテスマ

そして、聖霊のバプテスマが来ると話したとあります。バプテスマとは水の中に浸すことですから、神の霊にどっぷりと浸かるということを言っているのかもしれません。それを待つようにとイエスは弟子たちに教えられたことが記されています。

いかがでしたか

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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