【日本とイスラエル】初穂とイスラエルの風習

初穂

日本の初穂を神に捧げる風習とイスラエルの風習の関連について、久保有政氏のYouTube動画解説「日本の風習の中の古代イスラエル」からご紹介いたします。

初穂

日本では古来、収穫の初穂を神に捧げる優美な風習がある。日本人は「おはつほ」と言って、穀物や果物を初穂としてまず第一に神に捧げる。・・・毎年10月17日(旧暦時代は9月17日)に伊勢神宮を中心に行われる「神嘗祭」は、初穂を神に捧げる祭である。

古代イスラエル人の風習

この風習は、古代イスラエル人の風習でもあった。「あなたの土地から取れる初穂の最上のものを、あなたの神、主の家に持って来なければならない」(旧約聖書出エジプト記34章26節)と聖書に記されている。

すべて新調される

興味深いことに伊勢神宮では、神嘗祭の時には、神宮で使われている衣や机、道具などがすべて新調される。新年を迎えるような気持ちですべて新調するのだという。

新年

ユダヤ教でも、収穫の祭である「仮庵の祭」が行われるとき(ユダヤ暦第7月の中旬。太陽暦では9~10月にあたる)は、また新年である。(ユダヤでは新年が2つある。一つは、旧約聖書に記されている「過越の祭」の月、すなわちユダヤ暦第1月を新年とするものである。もう一つは、ユダヤ暦第7月を新年とするもので、これは天地創造に由来するものだという)。

新嘗祭

さらに、伊勢神宮の10月の神嘗祭の約1ヶ月後、11月23日に、皇室を中心に「新嘗祭」というものが行われる。これも神嘗祭と同様、収穫を捧げる収穫祭である。11月23日は、戦後、勤労感謝の日として祝日となっているが、これはもとは新嘗祭の日として大祭日だったものである。

天皇

新嘗祭は次のようにして行われる。午後6時に始まり、終了するのは午前1時頃である。・・・そのとき天皇は、収穫の一部を神に捧げ、そののちそれを神の前で食する。天皇はこれによって、民を導く指導者としての役割を神から授けられる。

イスラエルの指導者たち

同様に、かつて古代イスラエルでも、イスラエルの指導者たち――モーセ、アロン、長老70人、その他——は、神の前で食することを行なった(旧約聖書出エジプト記24章11節)。指導者がこのように神の前で食事をする風習は、古代イスラエルにも日本の天皇家にも共通している。(久保有政氏の解説からの引用は次回に続きます。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は、古代イスラエル系渡来人によってもたらされた日本の文化、伝統、習慣、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の経典としてではなく、日本の原点を知るために聖書を読んでみてください。

旧約聖書 創世記 42章35~38節

彼らが袋のものを出して見ると、めいめいの金包みが袋の中にあったので、彼らも父も金包みを見て恐れた。父ヤコブは彼らに言った、「あなたがたはわたしに子を失わせた。ヨセフはいなくなり、シメオンもいなくなった。今度はベニヤミンをも取り去る。これらはみなわたしの身にふりかかって来るのだ」。

ルベンは父に言った、「もしわたしが彼をあなたのもとに連れて帰らなかったら、わたしのふたりの子を殺してください。ただ彼をわたしの手にまかせてください。わたしはきっと、あなたのもとに彼を連れて帰ります」。

ヤコブは言った、「わたしの子はあなたがたと共に下って行ってはならない。彼の兄は死に、ただひとり彼が残っているのだから。もしあなたがたの行く道で彼が災に会えば、あなたがたは、しらがのわたしを悲しんで陰府に下らせるであろう」。

ふりかかる災い

自分は決して正しい者とは言えない。叩けば埃の出る者。ヤコブはこれまでの自分の人生を振り返った時、そのように感じたのでしょう。だから、こんな災いに会うのだ。当然の報いなのだ。そう思ったのかもしれません。この地上に完全な人はいません。誰でもこれまでの人生を振り返るなら、胸が締め付けられるようなこと、思い出しくもないこと、自分の罪深さを感じさせられることの一つや二つはあるのではないでしょうか。しかし、そのような痛みを持っていることこそが、その人の深みにつながっていると、この歳になって、私はしみじみと思います。もちろん、そんな痛みがなければと思います。しかし、そんな痛みを感じる感受性こそが人の深みではないでしょうか。歳を重ねれば、重ねるほど、人生とは決して楽しいことばかりではないと感じることでしょう。しかし、そのような罪の自覚こそ大切です。だからこそ、罪を離れて、自己中心、人間中心を退けて、神に立ち返って、神が喜ばれる人生を歩むことを心から願う。それが本当の幸いであることを、この歳になって、しみじみと思うのかもしれません。

いかがでしたか

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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