【恋愛・結婚】幸せな夫婦が実践していること

手をつなぐ

今日は「幸せな夫婦が、日々実践していること5つ」という記事から抜粋してご紹介します。これはDebla Filetaという方の記事からの引用のようですが、結婚生活を良好なものにするためのコツは「些細なことを意図的に行うこと」だとおっしゃっているようです。なるほど、そうかもしれませんね。決して特別なことではないということだと思います。

意図的なスキンシップを

“触れ合い”は結婚生活において非常に重要なこと。時間を見つけ、手をつなぎ、愛を育みましょう。軽く背中に触れるだけでもOKです。そうすることで、相手に素直な気持ちを伝えることができるはず。

“顔を合わせた”コミュニケーション

信じられないかもしれませんが、夫婦が積極的なコミュニケーションを図る時間は、1日のうちわずか数分だと言われています。会話にはレベルがある。そのレベルとは、「表面的な会話」「相手の意見や考えに従う会話」、そして「相手と深く感情を分かち合う会話」です。些細なことでも、大きな影響を与えることはあります。相手の近況を聞き、自分のことも同じように話すのです。例えば「今日一番良かったことは何?」「何かしてほしいことはある?」など。2人で話す時間を楽しみ、お互いを励まし合ってください。

少なくとも…週に一度は一緒に出かける

ピクニックやハイキング、食事やドライブ…可能性は無限大。重要なのは、「何をしているか」より、「誰としているか」ということ。

悪いところも含めた“すべて”を告白

弱さや欠点を他人にさらけ出し、分かち合うことは非常に難しいもの。だから神様は、私たちに「告白」と「許し」を求めるのです。告白することで自分のプライドを捨て、新しいチャンスを得るために許しを請う。これこそが、良好な結婚生活を維持するための強力なツールなのです。

“魂”でつながり合う

結婚生活のもっとも素晴らしいことの一つ…それは自分以外の人と心の底からつながるチャンスを得ることです。私が夫と共有する、もっとも至福の時間。それは、1日の終わりに一緒に座って手を繋ぎ、あらゆる出来事について考える時間。単純なことですが、こうすることで精神的につながり合えるのです。(サイトからの抜粋引用は以上です。)

相手を尊敬する

いかがでしたか。日本人ではないので文化的な違いはあると思いますが、参考になることもあるでしょう。私は最近ご紹介した記事の中で「相手を尊敬する」ことの大切さというのが印象に残っています。自然の感情に任せるのではなく、気が付いたら相手を尊敬するという意識を持つこと。そうすると次々と良い感情が起こって来るように思います。パウロという人が書いた手紙の中に「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。」(新約聖書ピリピ人への手紙2章3節)という言葉があります。

聖書を読みましょう

大切なことは自己中心を退け、神様を中心にすることだと思います。それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は神様を中心にして生きようとしたユダヤ人の記録であり、実は私たち日本人の生き方に深い関係があると思います。キリスト教の教典としてではなく、神様を中心にして幸いな人生を生きるために聖書を読んでみてください。

新約聖書 マタイの福音書 11章2~6節

さて、獄中でキリストのみわざについて聞いたヨハネは、その弟子たちに託して、イエスにこう言い送った。「おいでになるはずの方は、あなたですか。それとも、私たちは別の方を待つべきでしょうか。」

イエスは答えて、彼らに言われた。「あなたがたは行って、自分たちの聞いたり見たりしていることをヨハネに報告しなさい。目の見えない者が見、足のなえた者が歩き、ツァラアトに冒された者がきよめられ、耳の聞こえない者が聞き、死人が生き返り、貧しい者たちに福音が宣べ伝えられている。だれでもわたしにつまずかない者は幸いです。」

おいでになるはずの方

「おいでになるはずの方」とは、ユダヤ人の間で太古の昔から語り継がれ、旧約聖書に記された「メシヤ」、ギリシャ語では「キリスト」のことだと思います。それは神様から特別の油注ぎを与えられた者という意味ですが、油とは神聖な香油のことで、王様にも注がれました。

イエスを通して働いていた神様の力

イエスは「そのとおり」とは答えず、「目の見えない者が見、足のなえた者が歩き、ツァラアト(重い皮膚病)に冒された者がきよめられ、耳の聞こえない者が聞き、死人が生き返り、貧しい者たちに福音(良い知らせ。つまり、神様を中心にした幸いな生き方。)が宣べ伝えられている。」と言いました。

神様を中心にして生きる

イエスを通して神様の超自然的な力が働いていたことは誰も否定できないのではないでしょうか。そのイエスが教えたことは神様を中心にして生きること。それが神の国。そこに本当の人間の幸せ、尊厳ある生き方、全人類が求めている姿があると思います。「だれでもわたしにつまずかない者は幸いです。」とイエスは言いました。それは神様を中心にして生きるということだと思います。

いかがでしたか

「日本人の信仰と聖書について考える会」では、宗教ではなく、神様を中心として生きる幸いについて、多くの人にお伝えできるように、パンフレット「今こそ伝えたい日本人の心」(1部10円。100部以上で送料無料。)を作成しました。皆様のお知り合いの方にぜひお渡しください。ご協力をよろしくお願いします。

参考になりましたら、「いいね!」でお知らせください。また、シェアのご協力もよろしくお願いします。今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

■お知らせ■

2017年5月11日(木)19:00~20:00 泉パークタウンタピオ(仙台市泉区寺岡6丁目5-1)南館1階パークタウンスタイルで「古代史に見る日本人とユダヤ人の不思議な関係」と題してお話しいたします。入場無料、予約不要です。ぜひお出で下さい。詳しくはホームページのインフォメーションをご覧ください。

投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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