2019年7月27日(土)~8月2日(金)沖縄本島・宮古島へ古代イスラエルの痕跡を巡る旅に行ってきました。詳しくは10月18日(金)タピ大でも講演させていただきますが、ブログでも少しレポートさせていただきます。 今日はアダマーの神について、瑞慶山道弘氏のブログからご紹介させていただきます。
土に帰る
沖縄では、「人は死んだら、土に帰る」ということがよく言われる。これは聖書の中で、神がアダムとイブに語った言葉と全く同じである。
「あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに(死んだ後は)土に帰る。あなたは土から取られたのだから。(口語訳)」(創世記3:19)
聖書にそっくりな沖縄の言伝え
沖縄の創世神話の中に、天の神が人間を造る場面があるが、その時も「土」が使われる。その他にも、類似点がある。「土」という材料が同じだけでなく、神の形に似せて人間を形づくるところ、また神が息を吹きかけると「生きるもの」となるという内容も、聖書の記述とそっくりである。
人はアダマー(土)から造られた
人間は「土」で形づくられたが、この「土」は、原語のヘブル語で「アダマー」である。アダマー(土)から造られた最初の人間なので、語呂合わせで「アダム」と名づけられた。つまり「アダム」の名は、「アダマー」に由来する。そして興味深いことに、昔の沖縄の人は、葬式の中で、人が亡くなって土に帰る時に「アダマーの神よ」と呼びかけて祈ったのである。以下に祈りの内容を記すと、
「アダマーの神にお願いします。○○が亡くなりました。どうぞお願いします。骨は朽ちることなく、時が来るまで、神の守りの中においてくださり、肉は肉開かせて土に帰してください。人の霊は、天の国の親加那志(ウヤガナシ:天の神。加那志は様の意味)が清めて下さり、受け取ってください。天の神々へ、この世の者たちからのお願いは、○○が生前、神を畏れない行為や罪があったなら、どうぞ私たちに、その罪科は負わせないでください。」(月刊レムナント「沖縄のユダヤ文化」久保有政著)
アダマーの神
ここで「アダマーの神」と呼んでいるが、沖縄ではこの神は創造主とされている(「おきなわルーツ紀行」小林ゆうこ、与儀喜美江共著)。この「アダマーの神」は「アダムの神」あるいは「土で人を造られた神」ということであろう。古代イスラエルでは、神に祈る時に「先祖の神よ」「アブラハム、イサク、ヤコブの神よ」と呼びかけて祈ったが、「アダムの神よ」と呼びかけてもよい。聖書の神ヤハウェは「アダムの神」でもある。
沖縄と聖書
また、この祈りの内容も、非常に聖書的な祈りである。「骨が朽ちることなく、時が来るまで」とあり、世の終わりの死者の復活の時を祈っているようであり、それは非常に聖書的な観念である。実際に、聖書には枯れた骨が、復活するという預言的な箇所もある(エゼキエル37章)。また先祖の罪咎が、子孫に影響するというのも聖書的な観念である(出エジプト20:5)。(ブログからの引用は以上です。)
聖書を読みましょう
それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は沖縄および日本の文化、伝統、習慣、国民性のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人の心を知るために聖書を読んでみてください。
新約聖書 使徒行伝 25章23~27節
翌日、アグリッパとベルニケとは、大いに威儀をととのえて、千卒長たちや市の重立った人たちと共に、引見所にはいってきた。すると、フェストの命によって、パウロがそこに引き出された。
そこで、フェストが言った、「アグリッパ王、ならびにご臨席の諸君。ごらんになっているこの人物は、ユダヤ人たちがこぞって、エルサレムにおいても、また、この地においても、これ以上、生かしておくべきでないと叫んで、わたしに訴え出ている者である。
しかし、彼は死に当ることは何もしていないと、わたしは見ているのだが、彼自身が皇帝に上訴すると言い出したので、彼をそちらへ送ることに決めた。ところが、彼について、主君に書きおくる確かなものが何もないので、わたしは、彼を諸君の前に、特に、アグリッパ王よ、あなたの前に引き出して、取調べをしたのち、上書すべき材料を得ようと思う。囚人をおくるのに、その告訴の理由を示さないということは、不合理だと思えるからである」。
死に当ることは何もしていない
アグリッパ王がパウロの言い分を聞いてみたいと言ったので、その翌日、フェストはパウロを引き出すことにしました。フェストの言葉からも明らかなように、これは宗教の問題であり、法律に違反することではないことは明らかです。ユダヤ教徒はパウロの主張を問題視しましたが、それは決して反社会的なことでもありません。大切なことは宗教ではなく、人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰り、神の御心にかなった生活をすることだとパウロは主張しているのであり、それは全人類の平和のために本当に大切なことです。宗教は世界に分裂と紛争をもたらしていますが、神への信仰は平和と解決を与えます。それがイエスの教えでした。
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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる
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