子供の教育。神様の基準と人間の基準

バッタを見つけた女の子

反抗的な子供はかわいそうだと思います

先週は子供の教育について、親に従うことは神様を中心にすることになるとお伝えしました。子供が親を敬い、親の言う事に従順に聞き従うように教育することは、子供の安全と幸せのためにとても大切だと思います。反抗的になってしまった子供はかわいそうだと思います。なるべく小さい内に、ということは今日ということですが、子供に反抗は悪い事だと教え、素直に従うことは良いことだと教えてください。それは1度で身に付く訳ではありませんが、教えなければ身に付かないことだと思います。

古風なしつけ

従順で素直な性質を身に付けた子供は落ち着いていると思います。大分県の「教育を考える会」というところで、このような実験をしたことがあるそうです。Aグループの子供達にはやって良いこと悪いことを決めたルールを与え、ルール違反には罰則も設けました。おもちゃは武器のようなおもちゃも含め、特に制限はしませんでした。こちらのグループは古風なしつけのグループと呼ばれました。

先進的な教育

Bグループの子供達には特にルールはなく、いじめなどがあった場合はいじめられた側ではなく、いじめた子供の情緒に問題があると考え、優しく受け止めて対応しました。武器のようなおもちゃは置かずに、知育などに配慮したおもちゃに限定しました。こちらのグループは先進的な教育のグループと呼ばれました。

古風なしつけの方が幸せ

その結果、いじめなどの問題行動は圧倒的にBグループで発生しました。また、Aグループは集団で遊んでいる子供達が多かったのに対して、Bグループでは殆どの子供達が一人で遊んでいたということです。そして、何よりもAグループの子供達の方がBグループの子供達に比べて、ずっと幸せそうに見えたということです。

「神のかたち」としての子供

ルールを与え、秩序を守ること、それは神様を中心にすることになると思います。子供を中心にするのではなく、神様を中心にすることを教えることが大切だと思います。子供は放っておいて自然に善悪を身に付けるのではなく、教えなければ身に付かないと思います。しかし、それは動物の調教ではありません。どんな小さな子供であっても、人間には「神のかたち」があります。善悪は単なる条件反射ではなく、子供に本来備わっている「神のかたち」を強めることだと思います。

神様の喜びとなる

毎日の生活の中で、子供に善悪を教え、それを守ることは良いことであり、それを守らない事は悪い事だと教え、それを守るように励ますことが大切だと思います。なぜそれが大切なのか。それは神様が善を喜ばれ、悪を憎まれるからです。神様が喜ばれることをすること。それが人間の生きる意味だからです。そんな説明をしなくても、それは神様が喜ばれますかと聞けば、3歳の幼児でも分かるから不思議です。子供には「神様のかたち」があるなあと確信する瞬間ですね。それでは、今日も聖書の続きを読んで、神様に思いを向け、人間らしく生きましょう。

新約聖書 ルカの福音書21章10~19節

それから、イエスは彼らに言われた。「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、大地震があり、方々に疫病やききんが起こり、恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現れます。

しかし、これらのすべてのことの前に、人々はあなたがたを捕らえて迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために、あなたがたを王たちや総督たちの前に引き出すでしょう。それはあなたがたのあかしをする機会となります。それで、どう弁明するかは、あらかじめ考えないことに、心を定めておきなさい。どんな反対者も、反論もできず、反証もできないようなことばと知恵を、わたしがあなたがたに与えます。

しかしあなたがたは、両親、兄弟、親族、友人たちにまで裏切られます。中には殺される者もあり、わたしの名のために、みなの者に憎まれます。しかし、あなたがたの髪の毛一筋も失われることはありません。あなたがたは、忍耐によって、自分のいのちを勝ち取ることができます。

世の終わりの前兆

世の終わりの前兆について、弟子たちに問われて語られたイエスの言葉です。民族紛争、大地震、疫病、ききん、天変地異が起こると言われました。その前に弟子たちは捕らえられて迫害される。でも、それはあかしの機会となる。神様を中心とした神の国が来るということのあかしをするということでしょうか。その時に語る言葉はイエスが与えるから、あらかじめ考えないことに心を決めておきなさい。

世の終わりが近づくと

家族、親戚、友人にも裏切られる。中には殺される者もある。これは弟子たちに覚悟を迫って語られた言葉であって、私たちに語られた言葉ではありませんから、そのまま、神様が私たちに語られたと受け取らないようにすべきだと思います。ただ、これから世の終わりが近づくにしたがって、人々は神様を離れ、秩序やルールは無視され、人々の良心が麻痺していくような時代になって行くのかもしれません。

だから神様を中心にして生きよう

このような時代だからこそ、神様に思いを向け、神様の願いを中心にして生きる。それが人間としての本来の生きる意味であることを知っていただきたいと願っています。時代の流れに流されない様にしましょう。目先の損得ではない。自分の権利の主張ではない。神様の目に良しとする人生を生きる。それが日本人が太古の昔から大切にして生き方だと思います。

投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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