「日本とイスラエル」山伏と出会って

山伏

先週に引き続き、1968年から10年間、日本ユダヤ教団のラビ(教師)を務めたラビ・マーヴィン・トケイヤー氏の「日本・ユダヤ封印の古代史」からご紹介いたします。

山伏と出会って

私はまた、その後、日本の山伏(やまぶし)が額に兜布(ときん)(黒い箱)をつけている姿に出会った。これを見たとき、私の人生はすっかり変わってしまった。これもまさにユダヤの風習だったからである。

私は様々な人類学者、民族学者に聞いてみたが、額に宗教的な礼拝や祈禱のための黒い箱をつけてそれをひもで結ぶという風習は、世界広しといえども日本人とユダヤ人の間にしか存在しない。

私は、日本人とユダヤ人は、生活様式や考え方、また民族のルーツという点で共通のものを持っていると思っている。日本の文化、歴史、宗教、家族、考え方、さらには古代の神話に関しても、また生活のあらゆる面が、私には親近感を感じさせるものであった。

私が早稲田大学で教えていたときのこと、ある日、友人の教授の家に招かれた。(中略)そこで、教授は私にこう言った。「トケイヤーさん、なぜかはわからないのですけれども、私はあなたを外人と感じたことがありません。親戚みたいな感じなんです」

私も、日本人を外人(ヘブライ語でゴイ人)と感じたことがない。日本とイスラエルという国は、地理的には互いに非常に離れている。しかし、日本人とユダヤ人は非常に深いところでつながっているに違いない、ということを私は本書を通して明らかにしたいと思っている。(本からの引用は以上です。)

古代日本のイスラエル系渡来人の影響

古代日本に多くのイスラエル系渡来人があったことを多くの人が指摘しています。日本人の信仰、文化、伝統に聖書の民であるユダヤ人の影響、また後のメシヤニック・ジュー(イエスをメシヤとして受け入れたユダヤ人)の影響を見出すことができ、ユダヤ教のラビであるマーヴィン・トケイヤー氏も、かつて日本に10年間滞在して、そのことを深く感じたようです。

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は神様を中心として生きようとした人たちの記録であり、日本人の信仰、文化、伝統と深い関係があると思います。聖書はキリスト教の教典というイメージがありますが、キリスト教とは切り離して、日本人として聖書を読んでいただきたいと思っています。日本人の心に触れることができると思います。

新約聖書 マタイの福音書 8章1~4節

イエスが山から降りて来られると、多くの群衆がイエスに従った。すると、ツァラアトに冒された人がみもとに来て、ひれ伏して言った。「主よ。お心一つで、私をきよくしていただけます。」

イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに彼のツァラアトはきよめられた。イエスは彼に言われた。「気をつけて、誰にも話さないようにしなさい。ただ、人々へのあかしのために、行って、自分を祭司に見せなさい。そして、モーセの命じた供え物をささげなさい。」

汚れときよめ

ツァラアトとは重い皮膚病のことのようですが、単に病気だということだけではなく、この病気は宗教的に汚れていて、神様の前に出ることも、人と会うこともいけないと考えられていたようです。

「主よ。お心一つで、私をきよくしていただけます。」

その人がイエスの前にひれ伏して、「主よ。お心一つで、私をきよくしていただけます。」と言いました。「この病気を治してください」でも、「きよくしてください」でもなく、「イエスの心一つで、私はきよくなります。」と宣言しています。

「私の心だ。きよくなれ。」

イエスはすぐに手を伸ばして、彼にさわったとあります。これまで、彼にさわってくれる人は誰もいなかっただろうと思います。そして、「私の心だ。きよくなれ」と言われると、彼はすぐにきよめられたとあります。重い皮膚病はたちどころに消えたのだと思います。

実際に働く神様の力

驚くべきことだと思います。しかし、聖書にはイエスを通して、驚くべき神様の力が働いた様子が随所に記されています。このように神様は教えだけではなく、実際に私たちの生活の中に働く力であり、私たちはそれを期待することができることは幸いなことだと思います。それもまた神様を中心にした生き方であり、日本人が太古の昔から大切にしてきた心ではないかと思います。

幸いな人生

日々の生活の中で、自己中心、人間中心を退けて、神様の思い、神様の願いを中心にして生きる。それだけでなく、私たちの必要、願いを神様に求め、神様のお心一つで、それは与えられると宣言して生きる。それはとても幸いな人生ではないかと思います。

神様を中心にして生きる

どうぞいつも神様に思いを向けて、神様の思い、神様の力を中心にして生きていただきたいと思います。

いかがでしたか

「日本人の信仰と聖書について考える会」では、宗教ではなく、神様を中心にして生きる幸いを多くの人に知っていただくために、パンフレット「今こそ伝えたい日本人の心」(1部10円。100部以上で送料無料。)を作成しました。ぜひ、お知り合いの方にお渡しください。ご協力をよろしくお願いします。

参考になりましたら、「いいね!」でお知らせください。また、シェアのご協力もよろしくお願いします。今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

■お知らせ■

2017年5月11日(木)19:00~20:00 泉パークタウンタピオ(仙台市泉区寺岡6丁目5-1)南館1階パークタウンスタイルで「古代史に見る日本人とユダヤ人の不思議な関係」と題してお話しいたします。入場無料、予約不要です。ぜひお出で下さい。詳しくはホームページのインフォメーションをご覧ください。

投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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