【聖書預言と日本】ルカによる福音書の預言(2)

聖書

水、土曜日は「聖書預言と日本」というテーマで、聖書に記されたイスラエル12部族に関する預言をご紹介しています。日本とイスラエルに何らかの関係があるとすれば、聖書預言は日本と無関係ではないということになります。新約聖書ルカによる福音書にはイスラエルについて、どのように書かれているのでしょうか。

救い主を待ち望むユダヤ人

次の箇所を見ると、今から約2千年前のユダヤ人は旧約聖書の預言、または先祖からの言伝えによって、救い主を待ち望んでいたことが分かります。

新約聖書 ルカによる福音書 3章15節

民衆は救主を待ち望んでいたので、みな心の中でヨハネのことを、もしかしたらこの人がそれではなかろうかと考えていた。

メシヤが来る

次の言葉はイエス・キリストの言葉として記されていますが、この言葉を見ると、イエス・キリスト自身は人の子、つまり、メシヤ、キリストが来ることを前提にして話していることが分かります。

新約聖書 ルカによる福音書 9章26節

わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、自分の栄光と、父と聖なる御使との栄光のうちに現れて来るとき、その者を恥じるであろう。

ユダヤの町々の裁き

次の言葉もイエス・キリストの言葉として記されていますが、イエス・キリストが宣教した町々が、その言葉を受け入れなかったので裁きが下ると預言されています。

新約聖書 ルカによる福音書 10章13~15節

わざわいだ、コラジンよ。わざわいだ、ベツサイダよ。おまえたちの中でなされた力あるわざが、もしツロとシドンでなされたなら、彼らはとうの昔に、荒布をまとい灰の中にすわって、悔い改めたであろう。しかし、さばきの日には、ツロとシドンの方がおまえたちよりも、耐えやすいであろう。ああ、カペナウムよ、おまえは天にまで上げられようとでもいうのか。黄泉にまで落とされるであろう。

エルサレムの裁きと回復

エルサレムの裁きと回復について、イエス・キリストは預言しています。

新約聖書 ルカによる福音書 13章35節

見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。わたしは言って置く、『主の名によってきたるものに、祝福あれ』とおまえたちが言う時の来るまでは、再びわたしに会うことはないであろう。

エルサレム崩壊の預言

以下の箇所にもエルサレムの崩壊が預言されています。

新約聖書 ルカによる福音書 19章41~44節

いよいよ都の近くにきて、それが見えたとき、そのために泣いて言われた、「もしおまえも、この日に、平和をもたらす道を知ってさえいたら・・・・・・しかし、それは今おまえの目に隠されている。いつかは、敵が周囲に塁を築き、おまえを取りかこんで、四方から押し迫り、おまえとその内にいる子らとを地に打ち倒し、城内の一つの石も他の石の上に残して置かない日が来るであろう。それは、おまえが神のおとずれの時を知らないでいたからである」。

新約聖書 ルカによる福音書 21章5、6節

ある人々が、見事な石と奉納物とで宮が飾られていることを話していたので、イエスは言われた、「あなたがたはこれらのものをながめているが、その石一つでもくずされずに、他の石の上に残ることもなくなる日が、来るであろう」。

イスラエルの救い

次の箇所では、エルサレムの滅亡、メシヤの到来、イスラエルの救いが預言されています。

新約聖書 ルカによる福音書 21章20~28節

エルサレムが軍隊に包囲されるのを見たならば、そのときは、その滅亡が近づいたとさとりなさい。そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。市中にいる者は、そこから出て行くがよい。また、いなかにいる者は市内にはいってはいけない。それは、聖書にしるされたすべての事が実現する刑罰の日であるからだ。その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。地上には大きな苦難があり、この民にはみ怒りが臨み、彼らはつるぎの刃に倒れ、また捕えられて諸国へ引きゆかれるであろう。そしてエルサレムは、異邦人の時期が満ちるまで、彼らに踏みにじられているのであろう。また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから」。

イスラエル12部族がある

その時にはイスラエル12部族があることを前提にイエス・キリストは語っているようです。

新約聖書 ルカによる福音書 22章28~30節

あなたがたは、わたしの試練のあいだ、わたしと一緒に最後まで忍んでくれた人たちである。それで、わたしの父が国の支配をわたしにゆだねてくださったように、わたしもそれをあなたがたにゆだね、わたしの国で食卓について飲み食いをさせ、また位に座してイスラエルの十二の部族をさばかせるであろう。

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」

投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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