【日本人と日本文化】世界人になる資質をもった人々(その1)

トマトパスタ

「〝世界人〟(A Citizen of the World)になるための重要な資質を、日本の人々は伝統的にたくさん持っていると思います。」と語るのは、日本滞在8年のフランス人、ロイック・レトレさん。加藤恭子編「続・私は日本のここが好き!外国人43人が深く語る」からご紹介いたします。

A Citizen of the World

日本語では世界人とかコスモポリタンと訳されています。国籍・民族などにこだわらず、全世界規模で行動する人。水のように柔軟で、自由闊達で、変化を楽しみ、違いにとらわれない精神を持つ人というのでしょうか。私が意識している言葉です。

日本のここが素晴らしい。三つ。

日本女性と結婚し、日本に八年間住んでいるフランス人の私が、日本のここが素晴らしいと感じる点は、大きく括ると三つあります。

一つ目は料理

一つ目は料理です。概して、上は高級レストランから下は市井(しせい)の普通の店にいたるまで、料理の完成度が非常に高い。さばけた例でいうと、スパゲッティのゆで方一つをとってもレベルが高い。どんな小さなイタリア料理店に行っても、イタリアと同様のアルデンテの状態でサーブされます。フランスを含む他の多くの国では、高級イタリア料理店を除くと、このアルデンテ遭遇確率は極めて低くなります。これは、日本人がさまざまな分野において示している、完璧を追求する精神の一つの表れだと思います。

二つ目は、他人への反応、意思の伝達方法

二つ目は、日本の人々の他人への反応や、お互いの意思の伝達方法です。全体的に、日本の人々は面倒見がよい。私が地下鉄の切符を落としたことに気づかずホームを歩いていた時など、知らない人がわざわざ私を追いかけてきて切符を渡してくれました。感動しました!誓って言いますが、ヨーロッパの都市ではありえないことです。

非常に神秘的な文化

加えて、意思疎通の方法が極めてユニークです。日本人は、非常にあいまいな表現を好んで使うことが多く、同じ言葉が、状況が変わると全く違った意味になります。しかしこんなことは序の口です。さらには、全く述べられていない言葉を、前後関係から考えて、推測しなければなりません。これには面喰いました。非常に神秘的な文化。

「そろそろ・・・」

例えばこんな感じです。会社で会議を行っていて予定終了時間が近づいてきた頃に誰かが言います。「そろそろ・・・」そうするとその場にいる人たちは皆、まもなく会議は終わるのだということを暗黙の内に理解し、終わりに向けて支度を始めます。フランス語でも英語でも、このように文章を完結させずに、一つの単語をあいまいにつぶやくだけで、自分の言いたいことを理解してもらうなどということは不可能です。このような技に、いたるところで遭遇します。今ではこのような繊細な言葉の使い方をとても気に入っています。(次回へ続く)(本からの引用は以上です。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は日本人の文化、伝統、国民性のルーツです。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を読んでみてください。

新約聖書 ヨハネによる福音書 1章43~51節

その翌日、イエスはガリラヤに行こうとされたが、ピリポに出会って言われた、「わたしに従ってきなさい」。ピリポは、アンデレとペテロとの町ベツサイダの人であった。

このピリポがナタナエルに出会って言った、「わたしたちは、モーセが律法の中にしるしており、預言者たちがしるしていた人、ヨセフの子、ナザレのイエスにいま出会った」。

ナタナエルは彼に言った、「ナザレから、なんのよいものが出ようか」。ピリポは彼に言った、「きて見なさい」。イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼について言われた、「見よ、あの人こそ、ほんとうのイスラエル人である。その心には偽りがない」。

ナタナエルは言った、「どうしてわたしをご存じなのですか」。イエスは答えて言われた、「ピリポがあなたを呼ぶ前に、わたしはあなたが、いちじくの木の下にいるのを見た」。ナタナエルは答えた、「先生、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です」。

イエスは答えて言われた、「あなたが、いちじくの木の下にいるのを見たと、わたしが言ったので信じるのか。これよりも、もっと大きなことを、あなたは見るであろう」。また言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。天が開けて、神の御使たちが人の子の上に上り下りするのを、あなたがたは見るであろう」。

ピリポ

イエスはピリポを知っていたのでしょうか。イエスはピリポに声をかけ、弟子になるようにと言いました。ピリポはイエスが旧約聖書の預言者たちが預言するメシヤであり、ナザレ出身のヨセフの子であることも知ったようです。

ナタナエル

ピリポはナタナエルに、このナザレ出身のイエスこそ旧約聖書に記されたメシヤだと伝えましたが、ナタナエルは、そんなことがあるはずはないと思ったようです。「ナザレから何のよいものがでようか。」と人々の間で言われるほど、ナザレとは見下される対象であったのでしょう。

ほんとうのイスラエル人

ナタナエルこそほんとうのイスラエル人だとイエスは言いました。どういう意味だったのでしょうか。単にユダヤ教という宗教を守る人ではなく、本当に神の御心に従って生きようとする人であるということがイエスには分かっていたのかもしれません。

いかがでしたか

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目次

第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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