【日本とイスラエル】神社と幕屋の類似(6)三種の神器

ユニコーン

日本と古代イスラエル人との関連について、久保有政氏のYouTube動画解説「神道のルーツとユダヤ2」からご紹介いたします。

イスラエル起源

藤沢親雄博士は、正統派神道の信奉者であり九州帝大教授であったが、日本の三種の神器の起源は古代イスラエルにあると信じていた。ほかにも神道の学者で、日本の三種の神器はイスラエル起源と考える人は少なくない。なぜなら細かい点で違いはあっても、「三種の神器」というもの自体が、イスラエル的なのである。

対応関係

ある人は、古代イスラエルの十戒の石の板と日本の鏡を対応させ、またマナと勾玉を、杖と剣を、対応させて考えている。またある人は、鏡はソロモン神殿においても使用されていたと指摘している(旧約聖書第一列王記7章28節)。鏡はイスラエルの神殿で用いられた神器の一つであった。

勾玉の形

さらに勾玉の形は、ヘブル語アルファベットの一つであるヨッド(’)にそっくりである。このヘブル文字は神の御名ヤハウェの頭文字であり、それだけでヤーと発音するのだ。ヤーは、ヤハウェの短縮形ヤハ、ヤーであり、それだけで神を意味するのである。

狛犬

日本の神社に入っていくと、その参道の両脇に、一対の狛犬が座している。狛犬は偶像ではない。人々がそれを神として拝むことはない。狛犬は神社の守り役として置かれているものだ。狛犬は、神社だけでなく、天皇の玉座の両脇にもあった。平安時代から、天皇の住まいであった京都御所の清涼殿の玉座の両脇には、左右一対の狛犬が座していた。

犬ではなく獅子

狛犬は、「犬」と書いても、頭が毛におおわれたあの動物はじつはライオン(獅子)である。日本に「獅子舞」などの文化もある。・・・獅子舞は古来、日本の代表的演舞であった。狛犬も、獅子つまりライオンである[厳密にいうと、片方の狛犬の頭に角が一本あることがある。この角のあるほうはユニコーン(一角獣)である。久保有政著『日本の中のユダヤ文化』(学研)参照]

中近東由来

ライオンは昔の日本には一頭もいなかった。そのいないライオンが、なぜ古代から日本の神社の守り役として座すようになったのか。・・・神道の学者は、狛犬はもともと中近東から来たことを、一致して認めている。狛犬という言葉は、もともと「高麗犬」つまり高麗(朝鮮)から来た犬の意味である。しかし高麗では、それは「唐の犬」と呼ばれ、また唐では「ペルシャの犬」と呼ばれていた。このように、もともと起源は中近東なのだ。(久保有政氏の解説からの引用は次回に続きます。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は、古代イスラエル系渡来人によってもたらされた日本の文化、伝統、習慣、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の経典としてではなく、日本の原点を知るために聖書を読んでみてください。

旧約聖書 創世記 32章1~8節

さて、ヤコブが旅路を進んだとき、神の使たちが彼に会った。ヤコブは彼らを見て、「これは神の陣営です」と言って、その所の名をマハナイムと名づけた。

ヤコブはセイルの地、エドムの野に住む兄エサウのもとに、さきだって使者をつかわした。すなわちそれに命じて言った、「あなたがたはわたしの主人エサウにこう言いなさい、『あなたのしもべヤコブはこう言いました。わたしはラバンのもとに寄留して今までとどまりました。わたしは牛、ろば、羊、男女の奴隷を持っています。それでわが主に申し上げて、あなたの前に恵みを得ようと人をつかわしたのです』」。

使者はヤコブのもとに帰って言った、「わたしたちはあなたの兄エサウのもとへ行きました。彼もまたあなたを迎えようと四百人を率いてきます」。そこでヤコブは大いに恐れ、苦しみ、共にいる民および羊、牛、らくだを二つの組に分けて、言った、「たとい、エサウがきて、一つの組を撃っても、残りの組はのがれるであろう」。

ヤコブは大いに恐れた

一難去って、また一難。ヤコブの人生は苦難と不安に満ちたもので、なかなか平和な生活を送ることができません。20年前、ヤコブは兄エサウから命を狙われ、逃れてラバンの所に行きました。そこでの生活も大変なものでした。今、やっとラバンのもとを離れ、元の場所へ帰ろうとしていましたが、そこにはかつてヤコブの命を狙っていた兄エサウが待っているのです。何と四百人を率いてやってくるというのです。ヤコブは全滅を避けるために、二つの組に分けました。このような苦難を通して、ヤコブは自分に頼るのではなく、神に頼ることを学んで行くのでしょう。自己中心、人間中心を退け、神に立ち返り、神に従った生活こそ幸いな人生であり、太古の昔から日本人が大切にしてきた心ですが、それは頭で理解すれば良いというものではなく、困難や苦しみという実践的な生活の中で体得していくものなのかもしれません。大切なことは、それでも神に目を留め続けること。神から離れないこと。これもまた神中心の生き方です。

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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