【日本とイスラエル】罪の処分

茅の輪

古代イスラエル人と日本との関連について、久保有政氏のYouTube動画解説「神道のルーツとユダヤ4:穢れ、罪の観念、清潔等について」からご紹介いたします。

大祓い

日本には古来、古代イスラエルの「贖い」(罪の赦し)の思想に似たものがある。古神道には、「大祓いの儀式」というものが伝わっている。これは日本の国の一切の罪穢れを払いやる儀式である。宮中や各地の神社などで毎年6月30日と12月31日に行われる。

天皇の役割

大祓いの時、天皇は「麻の衣」を着て紫宸殿に来られる。その「麻の衣」には、国民の一切の罪穢れが託されている。天皇は国民の代表となり、卑しい姿になって、その衣を着て大祓いのお祭りをなさる。

加茂川に流された

その後、衣は小さな舟に乗せられ、当時都のあった京都から加茂川に流された。そして大阪の浪波洲まで流れ、波の中に消えるまで見届けた。これは、国民の罪穢れが川に流されて捨てられ、遠ざけられたことを意味した。

その時の祝詞(のりと)

またそのとき、ある祝詞(祈祷文)が唱えられた。どんな祝詞かというと、天皇家は高天原から天降って、豊葦原の瑞穂の国、日本列島を治めることになったけれども、国中にいろいろの罪が起きてくる。これはどうしても処分しなければならない。ところが、この罪というものは、ひどくしぶといもので、なかなか処分できるものではない。だから、ちゃんと日を決めて、天皇が国民のために大祭司となって贖いの儀式をする。

ユダヤ的な祈り

このようにこの祝詞は、きわめてユダヤ的な祈りの言葉である。ユダヤでは、罪の処分、罪の赦しということが、必ず祈りに盛り込まれたのである。・・・(久保有政氏の解説からの引用は次回に続きます。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は、古代イスラエル系渡来人によってもたらされた日本の文化、伝統、習慣、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の経典としてではなく、日本の原点を知るために聖書を読んでみてください。

旧約聖書 創世記 38章20~30節

やがてユダはその女からしるしを取りもどそうと、その友アドラムびとに託してやぎの子を送ったけれども、その女を見いだせなかった。そこで彼はその所の人々を尋ねて言った、「エナイムで道のかたわらにいた遊女はどこにいますか」。彼らは言った、「ここには遊女はいません」。

彼はユダのもとに帰って言った、「わたしは彼女を見いだせませんでした。またその所の人々は、『ここには遊女はいない』と言いました」。そこでユダは言った、「女に持たせておこう。わたしたちは恥をかくといけないから。とにかく、わたしはこのやぎの子を送ったが、あなたは彼女を見いだせなかったのだ」。

ところが三月ほどたって、ひとりの人がユダに言った、「あなたの嫁タマルは姦淫しました。そのうえ、彼女は姦淫によってみごもりました」。ユダは言った、「彼女を引き出して焼いてしまえ」。

彼女は引き出された時、そのしゅうとに人をつかわして言った、「わたしはこれをもっている人によって、みごもりました」。彼女はまた言った、「どうか、この印と、紐と、つえとはだれのものか、見定めてください」。

ユダはこれを見定めて言った、「彼女はわたしよりも正しい。わたしが彼女をわが子シラに与えなかったためである」。彼は再び彼女を知らなかった。

さて彼女の出産の時がきたが、胎内には、ふたごがあった。出産の時に、ひとりの子が手を出したので、産婆は、「これがさきに出た」と言い、緋の糸を取って、その手に結んだ。そして、その子が手をひっこめると、その弟が出たので、「どうしてあなたは自分で破って出るのか」と言った。これによって名はペレヅと呼ばれた。その後、手に緋の糸のある兄が出たので、名はゼラと呼ばれた。

彼女はわたしよりも正しい

人の目はごまかせても、神の目をごまかすことはできません。神はこのようにしてユダの間違いを指摘されました。さすがイスラエルの子だと思うことは、ユダはそのことを認めて、受け入れていることです。誰でも人間中心、自己中心になって、神の前に不正を行ってしまうことはあるでしょう。しかし、そのことが明らかとなった時に、どういう態度を取るのかで人生は大きく変わってしまいます。間違いを犯さない人はいないでしょう。しかし、それが間違いだったと分かった時、自己正当化するのか、間違いを認めて、神に立ち帰るのか。私たちの前にはこの二つの道があります。どちらを選択するのか、どちらを選択し続けるか、それによって私たちの人生は神に近づいて行くのか、神から離れていくのか、大きな違いとなってきます。神に立ち帰りましょう。それが幸いの道です。

いかがでしたか

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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