世界でも独特な「日本精神」はどこから来たものなのでしょうか。そのルーツは日本と古代イスラエルの関係にさかのぼることができます。久保有政氏のYouTube動画「清き明き心のルーツ:日本精神と聖書1」からご紹介いたします。
ロシア兵のための忠魂碑
・・・日露戦争後の明治40年、日本政府は、戦死したロシア兵たちのための忠魂碑を建てている。慰霊のための碑、慰霊碑である。まず敵兵のために碑を建てた。そしてその2年後に、戦死した日本兵のための忠魂碑を建てている。ロシアの戦死者たちのためのその碑は、旅順の203高地の東側の山の麓にある。山口県からわざわざ大理石を運び、非常に大きなロシア正教風のチャペルと共にそこに建てた。除幕式にはロシア側も呼んで、日本の乃木大将も参列した。ロシア人は非常に感激して、「いままで世界の歴史において、敵の忠魂碑を建てた国は日本が初めてである」と、みな感涙にむせび、ロシア語で「ウラー」(バンザイ!)と叫んだという。
元寇
こういう歴史は、じつは日本では昔からある。たとえば鎌倉時代に、モンゴル軍が攻めてきた「元寇」があった。そのときモンゴル軍にもたくさんの戦死者が出た。モンゴルと一緒に来た高麗軍にも、また日本の武士たちにもたくさんの戦死者たちが出た。そのとき、北条時宗は、戦死した敵味方を弔うための寺を建てた。それが鎌倉の円覚寺である。
楠木正成
・・・楠木正成が後醍醐天皇を奉じて兵をあげて、鎌倉勢と戦ったことがある。大阪の赤坂村という所に行ってみると、そこに楠木正成が建てた墓がある。味方の墓と、敵の墓が並んで建っている。味方の墓は「身方塚」と書いてあるが、敵の墓は「寄手塚」と書いてある。敵とは書いていない。そしてなんと、その敵の墓の方が大きくて立派だ。敵も死ねば、味方あるいはそれ以上に弔うという気持ちが、日本人の心であった。
わけ隔てない心
私(久保有政氏)は日本を思うとき、一体このような民族が他にあっただろうかと思う。何という清き明き心だろうか。わけ隔てしない。偏って愛することをしない。日本文明というのは、そういうところから生まれてきたのである。
清水の次郎長
・・・かつて幕末の時代に駿河湾沖で、政府軍と幕府軍の船が戦ったことがあった。そのとき、幕府軍の船は敗れて、沈没した。しばらくして、駿河湾にその戦死者たちが打ち上げられた。・・・そのとき、戦死者たちを集めて丁重に葬ったのが、清水の次郎長だ。彼は実在の人物で、本名を山本長五郎といい、「死んでしまえばみんな仏じゃないか、野ざらしにするなんてとんでもねぇ」と言って、彼らを丁重に葬ったのである。・・・
旧約聖書ルツ記
ユダヤでも、旧約聖書のルツ記に、ナオミという女性がボアズのことを聞いてルツ(ダビデ王の先祖)に言った言葉として、「生きている者にも、死んだ者にも、御恵みを惜しまれない主が、その方を祝福されますように」(2章20節)と記されている。・・・神は生者にも死者にも温情のあるかたである。だから私たちユダヤ人も、生者にも死者にも温情のある者とならなければならない、という観念であった。(久保有政氏の解説からの引用は次回に続きます。)
聖書を読みましょう
それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は、古代イスラエル系渡来人によってもたらされた日本の文化、伝統、習慣、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の経典としてではなく、日本の原点を知るために聖書を読んでみてください。
旧約聖書 出エジプト記 5章22節~6章1節
モーセは主のもとに帰って言った、「主よ、あなたは、なぜこの民をひどい目にあわされるのですか。なんのためにわたしをつかわされたのですか。わたしがパロのもとに行って、あなたの名によって語ってからこのかた、彼はこの民をひどい目にあわせるばかりです。また、あなたは、すこしもあなたの民を救おうとなさいません」。
主はモーセに言われた、「今、あなたは、わたしがパロに何をしようとしているかを見るであろう。すなわちパロは強い手にしいられて、彼らを去らせるであろう。否、彼は強い手にしいられて、彼らを国から追い出すであろう」。
あなたはわたしがパロにすることを見ることになる
パロのところに行って、イスラエルの人々を去らせるようにと言ったことにより、イスラエルの人々はますます苦しめられることになってしまいました。モーセとしてはいたたまれない気持ちだったことでしょう。モーセはそのことを神に訴えました。自暴自棄になるのではなく、絶望するのではなく、神に訴えることは神中心の行為であり、良いことだと私は思います。神に心の思いを、祈りを通して申し上げることができることは何という幸いでしょうか。神はモーセに、あなたは神がパロにすることを見ることになると言われました。パロはイスラエルの人々をエジプトから去らせるのではなく、追い出すようになると神は言われます。それは神がなされることです。私たち人間の力によるものではありません。神が何をなされるのか、それを見守ることもまた神に信頼すること、神を中心にすることではないでしょうか。
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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
八章 「恋愛・結婚」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる
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