【日本とイスラエル】神社と幕屋の類似(9)鳥居

マックとビンさんによる写真ACからの写真

日本と古代イスラエル人との関連について、久保有政氏のYouTube動画解説「神道のルーツとユダヤ2」からご紹介いたします。

日本独特の形

神社の入り口には、「鳥居」と呼ばれる門がある。鳥居は神社のシンボル的存在であり、鳥居があれば、そこは神社だ。鳥居の形は、韓国や中国にもない。日本独特のものである。アカデミックな世界では、鳥居はしばしば、韓国の「蘇塗(ソト)」あるいは「鳥竿(ソッテ)」に起源があるように指摘されることがある。「鳥居」は鳥がとまるところだから、韓国の「鳥竿」が起源だ、などといった論法である。・・・実際の形を見れば、日本の鳥居の形態からはきわめて程遠い。とても似ているとは言えないシロモノである。

鳥居に似た形

鳥居に似た形のものとしては、中国雲南省や東南アジア北部の山岳地帯に住む少数民族の「共同体の門」(ロコーン)が指摘されることがある。これは左右2本の柱の上に木を横に渡し、注連縄が飾られたものである。しかし、これは共同体の門であって、礼拝所の門ではない。

2本の柱

日本の鳥居をみてみると、その多くは2本の柱と、その上部を結ぶ横木とからなっている。しかし、小谷部全一郎博士によれば、鳥居の最も古い形は、左右2本の柱のみだった。実際、古い形といわれる藁座鳥居は、左右2本の柱の上部に注連縄を引いたのみのものである。奈良の大神神社や、埼玉の久伊豆神社などでは、2本の柱と注連縄で鳥居としているが、こうした鳥居が最も古い形なのだ。

それは2個別々のもの

神道家は、古くから鳥居を1個のものとは見ず、2個別々のものとして見ている。たとえば神官は、祭典の都度、左右の柱の根本に、榊と幣帛とを別々に捧げる。また古代からの慣例により、左右の柱に別々の礼をする。

「ヤキン」と「ボアズ」

古代イスラエルの神殿にも、入り口に左右2本の太い柱が立っていた(旧約聖書第一列王記7章21節)。一つを「ヤキン」といい、もう一つを「ボアズ」といった。それは一種の鳥居だったのだ。その高さは、15メートルほど(35キュビト)あって、高さ12メートルある明治神宮の大鳥居(木製では日本最大)よりも少し高かった。

「トリイ」の語源

日本語の「トリイ」には「鳥居」の漢字があてられている。だが、単に鳥がとまる所という意味なら、当て字にすぎないように思える。・・・ユダヤ人の研究家ヨセフ・アイデルバーグは、「トリイ」は、ヘブル・アラム語で「門」を意味する「タラア」が語源ではないか、と述べている。・・・(久保有政氏の解説からの引用は次回に続きます。)

聖書を読みましょう

それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は、古代イスラエル系渡来人によってもたらされた日本の文化、伝統、習慣、信仰、国民性のルーツです。キリスト教の経典としてではなく、日本の原点を知るために聖書を読んでみてください。

旧約聖書 創世記 33章1~11節

さてヤコブは目をあげ、エサウが四百人を率いて来るのを見た。そこで彼は子供たちを分けてレアとラケルとふたりのつかえめとにわたし、つかえめとその子供たちをまっ先に置き、レアとその子供たちを次に置き、ラケルとヨセフを最後に置いて、みずから彼らの前に進み、七たび身を地にかがめて、兄に近づいた。

するとエサウは走ってきて迎え、彼を抱き、そのくびをかかえて口づけし、共に泣いた。エサウは目をあげて女と子供たちを見て言った、「あなたと一緒にいるこれらの者はだれですか」。ヤコブは言った、「神がしもべに授けられた子供たちです」。

そこでつかえめたちはその子供たちと共に近寄ってお辞儀した。レアもまたその子供たちと共に近寄ってお辞儀し、それからヨセフとラケルが近寄ってお辞儀した。

するとエサウは言った、「わたしが出会ったあのすべての群れはどうしたのですか」。ヤコブは言った、「わが主の前に恵みを得るためです」。エサウは言った、「弟よ、わたしはじゅうぶんもっている。あなたの物はあなたのものにしなさい」。

ヤコブは言った、「いいえ、もしわたしがあなたの前に恵みを得るなら、どうか、わたしの手から贈り物を受けてください。あなたが喜んでわたしを迎えてくださるので、あなたの顔を見て、神の顔を見るように思います。どうかわたしが持ってきた贈り物を受けてください。神がわたしを恵まれたので、わたしはじゅうぶんもっていますから」。こうして彼がしいたので、彼は受け取った。

神の顔をみるよう

いよいよエサウとの対面です。エサウは四百人を率いてやって来ます。ヤコブは七度もひれ伏しました。すると驚いたことに、エサウはヤコブを受け入れてくれたのです。ヤコブは神の顔を見るようだと言っています。恐れに負けて、エサウに対面していなければ、このようなことはなく、いつまでもエサウを恐れて生きることになっていたでしょう。しかし、ヤコブは神に信頼して、勇気を出して、エサウと対面しました。最も大きな恐れは取り除かれたことでしょう。これが神を中心にした生き方であり、日本人が太古の昔から大切にしてきた生き方です。恐れを抱いて退くのではなく、恐れがあっても、神に信頼して進むのです。それが日本の歴史ではないでしょうか。

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目次
一章 世界から称賛される日本人の国民性
二章 日本人の宗教観
三章 古代日本にやって来たユダヤ系渡来人の影響
四章 日本人の信仰
五章 「人生の目的」
六章 「人間関係」
七章 「子供の教育」
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目次
第一章 学園の日常
第二章 イエスの教え
第三章 神と共に生きる
第四章 私が得たもの
第五章 古代ユダヤ人によって日本にもたらされた信仰
第六章 日本人の幸せ
第七章 日本の危機
第八章 求められているもの
第九章 信じるということ
第十章 宗教ではない
第十一章 日本人の宗教観
第十二章 現実逃避なのか
第十三章 神と共に生きる

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投稿者: 吉村 忠敏

全ての問題の原因は人間中心、自己中心です。人間中心、自己中心を退けて、神に立ち帰って正しく生きるなら、どんな問題も解決します。しかし、人は生まれながらに人間中心、自己中心であり、そのことに気づいていないことも多々あります。だから毎日神に祈り、聖書を読むことをお勧めします。それは必ずしもキリスト教徒になることではありません。神を中心とした正しい生き方は本当の日本人の心を取り戻すことです。

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